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あの剣士との約束結実 車いすフェンシング藤田道宣 戦術に秘策

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リハビリのために入院中の藤田道宣(前列右)の見舞いに訪れた太田雄貴さん(後列左)。この時に太田さんが車いすフェンシングへの道を示した=2006年
リハビリのために入院中の藤田道宣(前列右)の見舞いに訪れた太田雄貴さん(後列左)。この時に太田さんが車いすフェンシングへの道を示した=2006年

 フェンシング界には、誰もがその名を知る第一人者がいる。年の差こそ1歳だが、偉大な先輩だ。先輩との約束を果たすため、大舞台に挑む。

車いすフェンシング・藤田道宣(34)=日本オラクル

 熊本県上天草市出身。寺の長男として生まれ、仏教を学ぶために親元を離れて平安高(現龍谷大平安高、京都市)に進学した。バレーボール部に入部したが、1年冬に「この競技なら高校からでもいけるかも」とフェンシング部に転部した。

 強豪だと知ったのは入部してからだった。だが、部員の中に「すごく強い人がいることは知っていた。校内の新聞で何度も紹介されていた」。その1学年上の先輩こそが、日本フェンシング史上初の五輪メダリストとなる太田雄貴さんだった。

 だが、すぐには結果は出なかった。系列の付属中からの経験者も多く、後輩にも負けて「悔しくて、涙することもあった」。そのたびに太田さんは「頑張れば必ず結果は出る」と励ましてくれた。あきらめずに努力を重ね、3年の全国高校総体では16強入りする実力を身につけた。

 進学した龍谷大でも1年時に全国8強入り。世代別の代表も現実的な目標になってきた時に事故は起きた。2年夏に友人と出かけた海水浴で、…

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