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香原斗志「イタリア・オペラ名歌手カタログ」

オペラ評論家の香原斗志さんが、往年の名歌手から現在活躍する気鋭の若手までイタリアのオペラ歌手を毎回1人取り上げ、魅力をつづります。

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香原斗志「イタリア・オペラ名歌手カタログ」

<第18回> ミケーレ・ペルトゥージ(バス)

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ロッシーニ・オペラ・フェスティバルで「セビーリャの理髪師」のドン・バリジオにふんするペルトゥージ(右) (C) Studio Amati Bacciardi
ロッシーニ・オペラ・フェスティバルで「セビーリャの理髪師」のドン・バリジオにふんするペルトゥージ(右) (C) Studio Amati Bacciardi

どんな悪役を歌っても「カッコいい」と思わせる

美しいフォームとノーブルな低声

 初めてペルトゥージの声を聴いたのは、「ドン・ジョヴァンニ」のタイトルロールだっただろうか。香り立つような美声は有無を言わさぬほど高貴で、幾百、幾千もの女性がなびいて不思議もない、という説得力があった。もちろん表現もノーブルで、ドン・ジョヴァンニという男が貴族で、かつ英雄なのだと得心できた。だから2000年1月、新国立劇場の「ドン・ジョヴァンニ」に出演すると決まって歓喜したが、それだけにキャンセルの報に接したときの落胆も大きかった。

 しかし、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)では、たびたびその至上の低声に接することができた。「泥棒かささぎ」のゴッタルドや「マホメット2世」のタイトルロールなどは、強く印象に残っている。とりわけ前者に象徴されるような悪役が堂に入っており、骨の髄まで悪だと感じさせながら、品位が失われない。つまりカッコいいのである。2009年には東京で、「マホメット2世」で共演したソプラノのマリーナ・レベカとのジョイント・リサイタルも行われた。

 ペルトゥージの歌唱はロッシーニと切り離せないアジリタの切れ味が格別に鋭い、というわけではない。むしろレガートが美しく、極上のピアニッシモまで声を漸減するテクニックが傑出している。すなわち気高いレガートを最大の持ち味にしてフォームを形成し、アジリタなどの装飾や変化を過不足なく添えていく。

 つまり、端正で美しいフォームとノーブルな響きこそがペルトゥージの魅力であり、なにを歌ってもそこから外れない。だから、その歌は常に高貴であり、どんなに悪辣(あくらつ)な役を歌っても、カッコいいと思わせてしまう。

 パルマに生まれたペルトゥージが教えを受けたのは、パヴァロッティの師匠であったアッリーゴ・ポーラ、歌唱様式やテクニックを知り尽くした評論家でもあったロドルフォ・チェッレッティ、そして端正なフォームで知られた往年の名テノール、カルロ・ベルゴンツィだった。考えうる最高の師匠たちからの学びのあとが、ペルトゥージの歌にはみなぎっている。

 ロッシーニをはじめドニゼッティ、ベッリーニなど、いわゆるベルカントのレパートリーにおいて無敵のバスと認識されてきたペルトゥージだが、卓越したレガートはヴェルディのオペラを歌ううえでも強みになる。近年、とみに深みを増してきた声で歌われる「ドン・カルロ」のフィリッポ2世などは、お手本のような歌唱と深い精神性が高度にバランスされて比類ない。だから、この5月に新国立劇場で歌うはずだったこの役がキャンセルされたのが、残念でならない。

 ヴェルディで存在感を示す一方で、2018年のROFでは「セヴィリアの理髪師」のドン・バジリオで、柔軟なベルカントを表現しながら滑稽味(こっけいみ)を自然に醸し出した。それは偉大なキャリアが正しいテクニックに裏づけられていることの、なによりの証しである。

筆者プロフィル

 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声の正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。ファッション・カルチャー誌「GQ japan」web版に「オペラは男と女の教科書だ」を連載中。

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