特集

東京オリンピック

東京オリンピックに関する特集ページです。

特集一覧

「なでしこ」に憧れ 日記に書いた「金」実現へ 福島出身・遠藤

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
国際親善試合メキシコ戦でチーム5点目のゴールを決める遠藤純選手=宇都宮市のカンセキスタジアムとちぎで2021年6月13日、宮武祐希撮影 拡大
国際親善試合メキシコ戦でチーム5点目のゴールを決める遠藤純選手=宇都宮市のカンセキスタジアムとちぎで2021年6月13日、宮武祐希撮影

 東京オリンピック・サッカー女子日本代表の遠藤純選手(21)=日テレ東京ヴ=は、東日本大震災が起きた2011年のワールドカップ(W杯)で初優勝した「なでしこジャパン」に強い憧れを抱き、代表の座を射止めた。福島県白河市出身の4人きょうだいの末っ子は、家族の支えも力に21日に初戦のカナダ戦(札幌ドーム)に臨む。

 遠藤選手が父の淳さん(56)が代表を務める地元の少年サッカーチームでプレーを始めたのは4歳ごろ。姉と2人の兄の後を追いかけていた。「きょうだいとの遊びは庭でサッカー。いつも負けていたので、負けず嫌いになった」と淳さんは振り返る。男子に交じって球を追いかけ、ぐんぐん成長した。

 しかし、小学4年だった11年3月に大震災による津波で東京電力福島第1原発事故が発生。事故の影響は内陸の白河市にも及び、約1年間、屋外でサッカーができなくなった。

 そんな中、遠藤選手はテレビ画面に映った「なでしこ」にくぎ付けになった。11年6~7月の女子W杯ドイツ大会。次々と強豪国を破り、優勝杯を掲げた澤穂希(ほまれ)主将(当時)らの活躍に、「なでしこ」に入りたいという夢が鮮明になった。12年のロンドン五輪では、スポンサー企業の企画に応募して渡英。憧れの選手たちのプレーを間近で観戦し、「オリンピックで活躍して金メダルを取る」と、日記に書き込んだ。

 遠藤選手は帰国すると、原発事故で拠点を静岡県に移したJFA(日本サッカー協会)アカデミー福島に合格。12歳で親元を離れ、サッカーに打ち込んだ。「本人よりも親が寂しかった。でも、夢がかなう日が来ることを信じて本人もこらえていました」。個人技に加えて本格的なチーム戦術も学び、周りの選手を生かすプレースタイルを磨いた。19年には最年少の19歳でW杯フランス大会の代表に初選出され、ユニホームに袖を通した。

 故障の影響で春先の代表合宿や親善試合には招集されなかった。だが、6月13日のメキシコ戦で代表初ゴールを決め、最後までアピール。同18日発表の代表メンバーに選ばれた。

代表発表の翌日に帰省した遠藤選手(前列右)を笑顔で迎える(前列中央から時計回りに)母恵美子さん、父淳さん、次兄海(わたる)さん、長兄走(かける)さん、姉優さん=福島県白河市の実家で2021年6月19日(淳さん提供) 拡大
代表発表の翌日に帰省した遠藤選手(前列右)を笑顔で迎える(前列中央から時計回りに)母恵美子さん、父淳さん、次兄海(わたる)さん、長兄走(かける)さん、姉優さん=福島県白河市の実家で2021年6月19日(淳さん提供)

 翌19日に帰省した遠藤選手を3人のきょうだいや親戚が直接祝福した。「日記に書いた金メダルの夢を実現するために、けがをせずに当日を迎えてほしい」。12歳のころよりずいぶん大きくなった娘の背中を淳さんは静かに見送った。【肥沼直寛】

【東京オリンピック】

時系列で見る

次に読みたい

あわせて読みたい

注目の特集