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松本幸四郎さん「源平布引滝 義賢最期」 死に際に「滅びゆく美」

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「八月花形歌舞伎」出演について会見する松本幸四郎さん=東京都中央区で2021年6月22日、宮本明登撮影
「八月花形歌舞伎」出演について会見する松本幸四郎さん=東京都中央区で2021年6月22日、宮本明登撮影

 今回取り上げるのは8月の東京・歌舞伎座「八月花形歌舞伎」第3部で上演される「源平布引滝(げんぺいぬのびきのたき) 義賢最期(よしかたさいご)」。主役で壮絶な最期を遂げる木曽先生義賢を松本幸四郎さんが初役でつとめる。

源平合戦の英雄、木曽義仲の父・義賢の物語

 源氏と平家の戦いを題材にした歌舞伎作品は多いが、本作もそのひとつ。だが主役は源平の合戦の英雄ではない。「平家物語」で活躍する木曽義仲なら知っているが……という向きも多いかもしれない。義賢はその父。「義賢最期」と後段の「実盛物語」は「平家物語」のヒーローのひとりで「朝日将軍」とも呼ばれる義仲誕生までの物語でもある。

 人形浄瑠璃で寛延2(1749)年に初演された義太夫物で、宝暦7(1757)年に歌舞伎化された。全5段で「義賢最期」は2段目、上演頻度の高い「実盛物語」は3段目にあたる。義賢の父、源為義は保元の乱、兄の源義朝は平治の乱で平清盛に討たれた。

 義賢は病気と称して自宅に引きこもっていた。源氏の一族で平家打倒をもくろむ多田行綱は折平という名で義賢に奉公し、息女待宵姫と恋仲になっていた。折平の正体を行綱と見抜いた義賢は源氏再興を願う本心を打ち明ける。そこへ清盛の使者が訪れ、源氏の白旗を出せと命じる。知らないと答える義賢に使者は兄義朝のどくろを踏むように命じる。義賢は応じず、使者を切り捨て討っ手と立ち回った末に絶命する。

「戸板倒し」「仏倒し」の立ち回り

 「松嶋屋のおじさま(片岡仁左衛門)の舞台を実際に拝見する以前から写真で、その格好良さを知り、舞台に触れてからは立ち回りにも魅力を感じていました」と幸四郎さんは幼き日を振り返る。

 「義賢最期」は大歌舞伎では長く上演が絶えていたのを1943年に十二代片岡仁左衛門が復活。それからまた上演が途絶えていたが、現仁左衛門さんが65年に大阪・中座で初役で演じて評判を取り、人気作品に数えられるようになった。

 義賢は鎧兜(よろいかぶと)を身につけずに討ち手と血まみれになって戦う。現仁左衛門さんの考案による「戸板返し」ではふす…

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