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若さゆえの葛藤……久保建英が大人の階段を上ったあの時

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レアル・マドリードへの移籍が決まり、FC東京の選手たちと写真に納まる久保建英(前列中央)、長谷川健太監督(同左端)ら=東京・味の素スタジアムで2019年6月29日、藤井達也撮影
レアル・マドリードへの移籍が決まり、FC東京の選手たちと写真に納まる久保建英(前列中央)、長谷川健太監督(同左端)ら=東京・味の素スタジアムで2019年6月29日、藤井達也撮影

 東京オリンピックのサッカー男子日本代表MF久保建英(20)=レアル・マドリード=は小学4年からスペインを主戦場にしてきたが、大人への階段を上ったキャリアの分岐点は日本にある。意見の食い違い、移籍、そして変化……。FC東京・長谷川健太監督(55)との濃密な時間を振り返る。

 2011年にスペイン1部バルセロナの育成組織に合格したが、同クラブに18歳未満の選手の国際移籍などを巡る規則違反があってプレー機会を失い、13歳だった15年春、FC東京の育成組織に入った。17年11月、16歳でプロ契約とトップチーム昇格を果たし、J1にもデビューして順調に成長曲線を描くかと思われた。

 18年に就任した長谷川監督は開幕当初こそ久保建を起用したものの、J1のレベルに達していないと感じた。狭いスペースでも発揮できる高度な技術は光っていたが、それをペナルティーエリア内やその付近でできる動きを求めた。だが、久保建は幼さやプレースタイルへのこだわりから助言を聞き入れない一面があった。4月14日を最後に出番はなくなり、主にFC東京U23の一員としてJ3でのプレーが増えた。久保建は「つらいこともあった。(長谷川監督と)意見が食い違い、要求に応えられないこともあった」といい、同年8月に「今できる最大限の成長を考えた」とJ1横浜マへの期限付き移籍を選んだ。

 2人は移籍を前に面談した…

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