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親友? 後輩? 名伯楽? パラアーチェリー上山友裕を支える男

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2019年の国際大会で銅メダルを獲得し、笑顔の上山友裕(左)とペアを組む重定知佳(右)。両選手を指導するのは末武寛基コーチ(中央)だ=日本身体障害者アーチェリー連盟提供
2019年の国際大会で銅メダルを獲得し、笑顔の上山友裕(左)とペアを組む重定知佳(右)。両選手を指導するのは末武寛基コーチ(中央)だ=日本身体障害者アーチェリー連盟提供

 師弟なのか、相棒なのか、それとも親友なのか――。東京パラリンピック・アーチェリー代表の上山(うえやま)友裕(33)=三菱電機=には唯一無二の心強い味方がいる。エースの原点には、固い絆で結ばれた2人の物語がある。

 出会いは練習場でもなければ、試合会場でもない。まさかの居酒屋だった。

 今から12年前。同志社大4年生だった上山は父が経営する居酒屋で、近大アーチェリー部員たちと食事を楽しんでいた。近大の友人が新入部員を連れてきた。「面白い1年生が入部した」。それが、のちに自身の専属コーチとなる末武寛基(31)だった。

 上山は同大入学後にアーチェリーを始めた。原因不明の病気で車いす生活になるのは卒業後。社会人1年目に歩きにくくなり、その後にパラアーチェリーの世界に飛び込んで第一人者となったが、当時は五輪競技でもあるアーチェリーの選手だった。未経験入部ながら強豪の同大で2年の時にレギュラーをつかむ。競技センスはあったが「そこから伸び悩み、就職活動などもあって、グダグダと終わってしまった」というのが自己評価だ。

 一方、末武はすご腕のエリート。その2年後には日本代表として世界選手権にも出場し、2012年ロンドン五輪代表にあと一歩まで迫るホープだった。

 知り合って間もなくのこと。上山は3学年下のトップアスリートに教えを請うた。末武は快く引き受ける。上山の自宅と近大の最寄り駅は同じだった。さらに、…

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