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コロナ下の東京五輪 大会の意義問い直す場に

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 これほど逆風にさらされ、開催を疑問視されたオリンピックは戦争時を除いてなかっただろう。

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う1年の延期を経て、57年ぶりの東京五輪が開幕した。

 新設の国立競技場を埋め尽くす観客はいない。世界から集まった選手たちは、歓声の響かない開会式で入場行進した。

 感染防止のため、選手たちは外部と接触しない「バブル方式」で選手村と競技会場を往復する。社会から隔絶された異例の五輪だ。

 コロナは、ナショナリズムと商業主義で肥大化した五輪から「祝祭」という虚飾を剥ぎ取り、実像を浮き彫りにした。

巨大イベント化の弊害

 「祝賀資本主義」――。米国の政治学者、ジュールズ・ボイコフ氏は著書の中で、五輪を取り巻く現在の状況をそう呼んでいる。

 祝賀的行事で得られる利益を期待して、国家も企業も莫大(ばくだい)な資金をつぎ込む。イベントは巨大化の一途をたどる。東京五輪はその典型だ。

 政府は国家プロジェクトとして招致に取り組み、これまでに投じられた費用は関連経費も含め、総額3兆円を超える。

 1964年の東京五輪の舞台となった国立競技場はまだ使える状態だったが、取り壊されて新スタジアムとなった。東京の臨海エリアにも新しい施設が次々と建設された。

 今大会のスポンサーは「ワールドワイドパートナー」の14社に加え、国内も67社を数える。

 米放送大手のNBCユニバーサルは、2032年夏季五輪までの10大会で、約1兆3000億円もの巨額放映権契約を国際オリンピック委員会(IOC)と結んでいる。この資金がIOCの財政を支える。

 国内ではコロナ下の開催を危ぶむ声が高まり、中止や再延期を求める意見が8割を占めた時期もあった。だが、IOCは開催ありきの姿勢を押し通し、かえって世論の反発を招いた。

 大会組織委員会も巨大イベントの複雑な契約に縛られ、運営が迷走した。開幕直前まで結論が出なかった無観客の決定はその最たるものだ。

 近代オリンピックの創始者であるフランスのピエール・ド・クーベルタン男爵は、将来の危機を見通していた。1925年に行った演説でこんな言葉を残している。

 「商取引の場か、それとも神殿か! スポーツマンがそれを選ぶべきである。あなた方はふたつを望むことはできない」

 「商取引」はボイコフ氏のいう「祝賀資本主義」に置き換えられるかもしれない。「神殿」はスポーツの純粋性を表す。

 クーベルタンの思想を日本に伝えたのは64年東京五輪の日本選手団団長、大島鎌吉氏だ。4年ごとに行われる五輪は、その間の平和を願う行事として「祝福」されなければならないと主張していた。

 しかし、昨年来、世界を襲ったコロナの流行は収まらず、祝福はままならない状況だ。

 天皇陛下による今大会の開会宣言では、64年五輪時に使われた「祝い」という言葉に代わり「記念する」との表現が用いられた。

多様性を再認識したい

 東京五輪の大会ビジョンは「多様性と調和」だ。人種や肌の色、性別、性的指向、出自、宗教など、あらゆる違いを超え、競技を通じて相互理解を深める。

 前回大会に続いて編成された「難民選手団」はその象徴でもある。内戦などで母国を離れざるを得なかった11カ国出身の29人の選手たちだ。

 競泳女子のユスラ・マルディニ選手は内戦下のシリア出身で、海を泳いで欧州に逃れた経験を持つ。「この小さなチームは難民だけでなく、世界中の多くの若者に希望を与える」と話す。

 日本にも、白血病を乗り越えて出場権を勝ち取った競泳の池江璃花子選手や、移民国家の米国で育ち、人種差別に抗議の声を上げるテニスの大坂なおみ選手ら、さまざまなアスリートがいる。

 組織委では人権意識を欠いた振る舞いで関係者の辞任や解任が続き、世界から厳しい目が向けられた。多様性を尊ぶ社会の大切さを改めて認識することが求められている。

 無観客の競技場から見えてくるものがあるはずだ。今こそ原点に立ち返り、五輪の意義を問い直す機会にしたい。

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