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ヘイトスピーチ

特定の民族や人種など人の尊厳を傷つけるヘイトスピーチは、どんな形であっても許されません。なくすためにはどうする?

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やまぬヘイト、外出時には防刃チョッキ 在日コリアンの崔さん

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「川崎市ふれあい館」の崔江以子館長が外出時に身に着けている防刃チョッキ=川崎市川崎区で2021年4月7日、後藤由耶撮影
「川崎市ふれあい館」の崔江以子館長が外出時に身に着けている防刃チョッキ=川崎市川崎区で2021年4月7日、後藤由耶撮影

 川崎市の多文化総合教育施設「川崎市ふれあい館」の館長で、在日コリアン3世の崔江以子(チェ・カンイジャ)さん(48)は外出時、防刃チョッキの着用が欠かせないという。死の恐怖を感じるほどのヘイトスピーチ被害が相次ぎ、自分の身を守るためだ。米国ではアジア系住民を標的にしたヘイトクライム(憎悪犯罪)が深刻な問題になっているが、ここ日本でも差し迫った危険を感じている当事者がいる。【金志尚/デジタル報道センター】

 ※記事では差別表現も取り上げています。閲覧にご注意ください。

法施行5年 不十分さも確認

 ――ヘイトスピーチ解消法が2016年6月に施行されてから5年になります。民族的マイノリティーとして、解消法をどう評価していますか。

 ◆二つのことが言えると思います。一つは解消法の意義です。日本という国が初めて人種や民族への差別を許さないと宣言し、地方公共団体に対策を求めました。実際、法で示されたように地域の実情に応じて各地で条例制定などが進みました。それまでは「ヘイトデモに公園を使わせないでください」と私たちが求めても、「根拠法がないからできない」と言われ続けました。解消法ができてから川崎市は、ヘイトスピーチ目的の集会に対して公共施設の使用を制限するガイドラインを策定しました。また20年7月にはヘイトスピーチに刑事罰を科す全国初の条例を施行しています。司法においても解消法の成立後、横浜地裁川崎支部が在日コリアンが集住する地域でのデモ行為を禁止する仮処分決定を出しました。

 一方、解消法は特効薬ではありません。地方公共団体の取り組みや司法判断につながりましたが、インターネット上での悪質な書き込みを中心に差別行為は依然として続いています。国が「差別は許さない」と宣言しても、それだけでは十分ではない。そのことを確認した5年間でもありました。それが二つ目です。

デモはなくなったが……

 ――解消法の施行前、川崎ではヘイトデモが頻発していました。今はどうですか。

 ◆デモはなくなりました。仮処分を勝ち取っているので、本当にないです。これはとても大きなことです。ヘイトデモの被害というのは、デモが来たときだけではないんです。その日は眠れず、翌日からは「次」への恐怖を感じます。そしてまた来たときの痛みがあり、再び眠れない夜を過ごし、次への恐怖を感じる……。この負のサイクルから抜け出すには、デモのない状態がずっと続く以外に方法がないと思います。その意味で、今は司法判断に守られているので安心です。裁判所が出した仮処分は、私が勤める施設から半径500メートル以内に効力が及んでいます。在日の子どもたちが通う川崎朝鮮初級学校もその中に入っています。

 ただ、この範囲の外側にあるJR川崎駅前でのヘイト街宣活動は今も続いています。刑事罰を科す条例の効果で、在日に対してあからさまに「死ね」「殺す」とは言っていませんが、「川崎は外国人に乗っ取られている」「川崎を日本人の手に取り戻そう」などと条例の禁止規定に直接抵触しない形で叫んでいます。こうした街宣は告知してやっているときもあれば、無告知のときもある。やっていたら怖いし、近くを通れません。

「コロナ入り食ってろ」の脅迫文

 ――崔さん自身については。

 ◆解消法ができたときは本当にうれしくて、これからは安心安全な日常が続くものだと思っていました。しかし実際には法施行後も、職場の施設に「在日韓国人をこの世から抹殺する」などと書かれた爆破予告が届いたり、ゴキブリの死骸が送られてきたりしました。ネットに上がっている私の写真をプリントアウトし、ギザギザに切り刻んだものが送られてきたこともあります。どれも単なる「いたずら」と受け流すことはできません。今年3月に届いた私宛ての封書には、中に開封された茶色い菓子袋が入っていました。同封の文章には新型コロナウイルスを連想させる文言として「コロナ入り残りカスでも食ってろ」などと書かれ、「死ね」の文字が14回連続で繰り返されていました。すぐに警察に通報しましたが、とても普通でいられませんでした。私がどこの誰なのかを分かった上で、強い意思を持って「死ね」とか「殺す」とか書いた手紙を送りつける人がいる――。3月に封書が届いてからは、外出するときに必ず防刃チョッキを身に着けるようになりました。次は本当に実行に移す人が出てくるかもしれない。そう考えると、怖くて仕方がありません。

 ネット上でも攻撃を受けています。顔と名前や働いている場所をさらされ、やはり「死ね」という強い言葉をぶつけるターゲットにされている。それを見た別の人が扇動され、同じような行為に及ぶかもしれない。そうした悪意の連鎖への恐怖もあります。

 先ほども言ったように、確かに解消法に意義はありました。でも今、実際に起きている被害の救済としては十分に機能していません。それは一つには、差別を動機とする悪質なヘイトスピーチやヘイトクライムを犯罪と規定していないからです。私がいくら警察に被害届を出し、刑事告訴しても、侮辱罪や脅迫罪といった既存の枠組みでしか…

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