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ラグビー7人制・藤田慶和 5年前の「どん底」で生まれた責任感

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東京五輪ラグビー7人制男子日本代表の藤田慶和(右)=東京都府中市で2021年7月12日午前11時44分、大谷津統一撮影
東京五輪ラグビー7人制男子日本代表の藤田慶和(右)=東京都府中市で2021年7月12日午前11時44分、大谷津統一撮影

 ラグビー7人制男子日本代表が目指すのは、蜂のようなラグビー。その中心にいる万能プレーヤーの藤田慶和(27)=パナソニック=には、5年前の悔しさがある。順風満帆だったラグビー人生に訪れた転機。いかにして、どん底からはい上がってきたのか。

無力感を味わう日々にも…

 藤田は東福岡高で花園を3連覇し、早稲田大4年時には15人制日本代表として2015年ワールドカップ(W杯)イングランド大会に出場した。だが、16年リオデジャネイロ五輪は開幕直前にメンバーから外れ、19年W杯日本大会も出場はかなわなかった。

 「あれが着たいですね」。藤田の視線の先には、代表強化を目的に日本から南半球最高峰リーグ「スーパーラグビー」に参戦したサンウルブズの選手がいた。19年1月、千葉県市川市のグラウンド。サンウルブズのグレーのトレーニングウエアと異なり、藤田は所属チームの青い練習着を着ていた。志願し、練習生としての参加だった。交通費は自腹だった。

 「これが一番の近道かどうかはわからないですけど、最後までチャンスがあるなら追い求めていきたい」。W杯日本大会の開幕が8カ月後に迫っていた。15人制日本代表をジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)が率いるようになった16年以降、藤田は代表から遠ざかっていた。サンウルブズ入りもW杯での代表入りもかなわなかったが、なりふり構わぬ藤田の覚悟を感じた。

 日本ラグビー界を背負って立つ存在になるはずだった。スピードと強さと技術を兼ね備えた万能型のバックスとして高校ラグビー界を席巻し、高校3年時に7人制の日本代表に選出された。活躍がエディー・ジョーンズHC(現イングランド代表監督)の目に留まり、15人制日本代表の初キャップを大学1年の春に早くも獲得した。

 エ…

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