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体操新エース・橋本大輝は「無限くん」 指導者が認める特異能力

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初出場の世界選手権で、あん馬の演技を終えて観客を盛り上げる橋本大輝=ドイツ・シュツットガルトで2019年10月7日、宮間俊樹撮影
初出場の世界選手権で、あん馬の演技を終えて観客を盛り上げる橋本大輝=ドイツ・シュツットガルトで2019年10月7日、宮間俊樹撮影

 廃校の小さな体育館で体操を始めた少年が、体操ニッポンの新エースに成長した。朗らかな笑顔の19歳、橋本大輝(順大)。「無限くん」と言われるスタミナに支えられた豊富な練習量で、「夢のまた夢」だった舞台へと駆け上がった。そこには秘めた能力がある。

「世界に僕の強さを知らしめたい」

 2013年9月、東京オリンピックの開催が決まった。多くのアスリートが、この瞬間から自国開催の舞台を目標にしてきた。でも、小学生だった橋本は違った。その時のことをほとんど覚えていない。「五輪に出るなんて夢のまた夢。そういうところに行くのは、限られた人だけだと思っていました」。16年リオデジャネイロ五輪の時は中学3年。テレビを見ながら「いつか出られればいいな」と思ったが、その舞台に立つ自分は想像できなかった。

 千葉県出身の橋本は、2人の兄の影響で6歳から体操を始めた。香取市の「佐原ジュニア体操クラブ」に中学3年まで所属した。廃校となった小学校の体育館が練習場で、跳馬は必要な助走距離が取れず、体育館の入り口の外から走った。広さや安全面から練習できる技は限られたが、橋本の意識は高かった。佐原ジュニアの山岸信行監督は「練習する才能がありました。家で体操のビデオを見て、練習でやりたいこと、やるべきことで頭をいっぱいにしてから練習場に来ていました」と語る。

 強豪の千葉・市船橋高に進むと、同級生には全国大会で上位に名を連ねてきた選手が何人もいた。橋本は高校入学までけがが多く、大会では結果を残せていない。それでも、指導者たちは可能性を感じていた。市船橋の神田真司総監督は「覚えた技を演技に…

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