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小説「無月の譜」

将棋の駒をめぐる探求の物語。失われた名品の駒を求め、ある挫折感を抱えた男が旅に出ます。作・松浦寿輝さん、画・井筒啓之さん。

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小説「無月の譜」

/227 松浦寿輝 画・井筒啓之

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 翌朝、ホテルのフロントでタクシーを呼んでもらい、竜介は運転手に聖ラザロ教会の住所を告げた。

 しかし、教会の前でタクシーを降りた竜介は、建物をひと目見たとたん、これはもう駄目だろうな、と落胆のため息をつかずにはいられなかった。取り壊しを待つばかりだと聞いていたが、なるほどその小さな木造建築はあちこちペンキが剥げ、風雨にさらされて傷んだ跡が目につき、今にも崩れてしまいそうに見える。それでも、屋根の先端には十字架が掲げられ、ここが聖なる場所であることをけなげに、辛うじて主張している。

 朝の十時を少々回っていた。教会は、竜介のホテルからチャンギ通りをチャンギ空港のほうへかなり戻って、小路を折れ、それを少し入ったところの突き当たりにあった。この日の十時に行きますので、よろしくお願いいたします――という手紙をあらかじめ出しておいたのだが、それに対するプラット氏の返事は貰(もら)っていなかった。確認のためにプラット不動産へ電話をしておけばよかったに決まっていて、そうしようと何度も思っ…

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