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小説「無月の譜」

将棋の駒をめぐる探求の物語。失われた名品の駒を求め、ある挫折感を抱えた男が旅に出ます。作・松浦寿輝さん、画・井筒啓之さん。

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小説「無月の譜」

/228 松浦寿輝 画・井筒啓之

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 そこは天井の高い広間で、背凭(せもた)れのない細長いベンチが不揃(ふぞろ)いな列をなしており、目につくものと言ってはただそれだけだ。よく知らないがここでミサだの、神父さんのお説教だのが行われていたんだろう、と思った。そもそも竜介は、キリスト教の教会というものの内部に足を踏み入れたことじたい、これが生まれて初めての体験だった。

 当然、電気は来ていないだろうから、電灯の点(つ)けようはないが、彩色ガラスの嵌(は)まった窓から日光が射(さ)してきているので、なかを見て回るのに不自由はない。竜介はその広間をぐるりと一巡してみた。積み重なったスチール製の折り畳み椅子。紐(ひも)でくくった英語の古雑誌の束。何かの補修工事の名残りか、板や角材やペンキ缶や電気コードの山。教会というものにはオルガンが付き物なんじゃないかと竜介は何とな…

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