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ヘイトは消えたか

「排外主義」の広がり 自民党の責任も 解消法施行後もヘイト続く

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インタビューに答える樋口直人・早稲田大教授=東京都千代田区で2021年7月18日、西夏生撮影
インタビューに答える樋口直人・早稲田大教授=東京都千代田区で2021年7月18日、西夏生撮影

 日本でヘイトスピーチが顕著になったのは、2000年代に入ってからだ。排外主義的な主張を繰り返す団体が登場し、街頭でのデモやインターネット上での悪質な書き込みが相次ぐようになった。近隣諸国、とりわけ朝鮮半島にルーツを持つ人たちが標的となり、16年6月にヘイトスピーチ解消法が施行されてからも被害は続いている。ヘイトスピーチはなぜ起きるのか。排外主義に詳しい樋口直人・早稲田大教授(社会学)に聞いた。【金志尚/デジタル報道センター】

 ※記事では差別表現も取り上げています。閲覧にご注意ください。

ヘイトスピーチ規制は対症療法

 ――解消法の施行後もネットには在日コリアンを蔑視する書き込みが相次いでいます。こうした行為はなぜなくならないのでしょうか。

 ◆罰則のない理念法であっても、規範的な意味はあります。施行後、明らかに「ヘイトはいけない」という認知は進んだと思います。他方、排外主義に対する支持の広がりというのも同様にある。私の理解では、ヘイトスピーチというのは排外主義の結果でしかありません。要するに、ヘイトスピーチをいくら規制しても、排外主義を抑制しない限り、つまり原因がなくならない限りは異なる形で(同様の行為が)出続けることになる。ヘイトスピーチはいわば水面に浮かんでいる氷山に過ぎず、その下にある排外主義の部分を考えないといけません。だからある意味では、ヘイトスピーチを規制する法律を作っても対症療法にしかならない。

 ヘイトスピーチや差別はいけないが、心情的に韓国や北朝鮮、中国は嫌い。つまり、やり方は良くないけれどヘイト行為の大義は理解できる――というのは割と社会に広がっている感覚ではないでしょうか。そうなると、根本的な対処がすごく難しい。ヘイトスピーチという名前をつけて「悪」であるという認識が広がったのは前進ですが、対策をヘイトスピーチだけで済ませては全然解決にならないわけです。

 ではどうすればいいのか。在日の人たちに対するヘイトスピーチは、朝鮮半島に対する日本の植民地支配に端を発する問題です。それに加えて、現実の政治状況も絡んでくるので、状況はより複雑です。

 過去をさかのぼれば、在日コリアンはずっと差別されてきました。植民地化した側が、された側を見下すという意味での構造的な差別です。これは戦後も続きましたが、時代を追うごとに緩和されていきました。一般企業に就職する在日がかなり増え、社会・経済的な地位も上がっていきました。日本人と韓国・朝鮮籍の人との間にあった格差は今、僅かになっています。朝鮮半島にルーツを持つ人たちが日本社会に「統合」されていったわけです。これは1980、90年代ぐらいから、今に至るまで続いている現象です。ただ、それとは独立した現象として排外主義も高まっていきました。その要因として関わってくるのが、政治的な状況です。

急増した「右派」の議員連盟

 ――どういうことですか。

 ◆ヘイト解消法ができる少し前のことですが、自民党の国会議員らが川崎市にある在日コリアンの集住地域へ視察に行きました。そのとき議員らの印象に強く残ったのが、あるおばあさんの話だったそうです。おばあさんは「ようやく差別がなくなってきたと思ったら、こんなことが起きるなんて」というような話をしました。「ようやく差別がなくなってきた」というのは、統合が進んだことの裏返しです。一方、「こんなことが起きるなんて」というのはヘイトスピーチのことを指しています。

 ヘイトスピーチはもちろん、歴史的な差別意識を根っこに持っています。ですが、それだけでは今のような事態にはならなかったと私は考えています。ヘイトといえる感情をたきつけたのは、90年代以降の日本と朝鮮半島との関係です。(慰安婦問題に対する謝罪を表明した93年の)河野談話や(過去の侵略と植民地支配を謝罪した95年の)村山談話が出たとき、日本の市民は割とこれらを素直に認める方向だったと思います。にもかかわらず、過度に政治問題化したのが自民党の右派です。

 その象徴的存在と言えるのが、安倍晋三前首相です。彼は93年に初当選しますが、自民党内にその頃できた「歴史・検討委員会」のメンバーになります。歴史・検討委員会は村山談話に反発するなど、歴史修正主義的な動きを強めたグループです。また、その後継としてできた「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」の事務局長を安倍さんが務めています。彼はそれからもいろいろな形で右派の議連に関わり、しかもそれらは派閥を超えた同志集団のようになっていきます。

 実際問題、90年代や00年代には右派の議員連盟が70、80年代と比較にならないくらい増えています。歴史や伝統、北朝鮮による日本人拉致問題、近隣諸国との関係を自らの課題として取り組む集まりが組織化されていったこと、加えてそのメンバーが自民党の中で主流派になっていったこと。この二つが大きな要因となって、日本と近隣諸国との関係性が方向付けられました。これは在日コリアンの完全に頭越しに起きた話です。00年代以降、韓流ブームが起きますが、こうした政治的な影響で全体として対韓感情などは悪化していきます。在日の人たちにとってはどうしようもない状況の中、ヘイトスピーチを引き起こすような排外主義的な空気が高まっていったわけです。

 さらに、排外主義にお墨付きを与えたという意味で大きかったのは、朝鮮学校に対する措置です。高校無償化からの除外であるとか、政府はいろいろな形で朝鮮学校を差別的に扱ってきました。このことが排外的…

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