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来日100年・タタール人の軌跡

日本にイスラムとの本格的な出会いをもたらしたタタール人の渡来が始まってから100年。その軌跡をたどります。

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来日100年・タタール人の軌跡

/3 前回東京五輪、ハラール先駆け

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1964年東京五輪の選手村食堂で活躍した村上信夫料理長=帝国ホテル提供
1964年東京五輪の選手村食堂で活躍した村上信夫料理長=帝国ホテル提供

 豚肉や酒の摂取を禁忌とし、イスラム教の戒律に沿った「ハラールフード」を食べるムスリム(イスラム教徒)の習慣は日本で今でこそ知られているが、初めて本格的な対応を迫られたのは前回1964年の東京オリンピックだった。

 イラン、トルコ、パキスタンなどイスラム諸国からの参加選手にどのような料理を出せばよいのか――。選手村に三つ設けられた食堂のうち、日本、アジア、中東の選手向けの「富士食堂」の料理長を任された帝国ホテル新館料理長の村上信夫=のちに帝国ホテル総料理長=は、宗教による食べ物の制限という課題に直面した。

 パリで修業した村上はフランス料理に精通していたが、ハラールフードの経験はなかった。村上を師とする帝国ホテルの田中健一郎・特別料理顧問(70)は、「ムッシュ(村上の愛称)は各国の大使館に出向いて料理人や大使夫人から話を聞くなど大変苦労したそうです」と話す。

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