“中卒”からトラック運転手 初当選の女性都議が政治を志した理由

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7月4日投開票の東京都議選で、当選を確実にして笑顔を見せる五十嵐衣里さん=東京都武蔵野市で2021年7月4日午後8時11分、小出洋平撮影
7月4日投開票の東京都議選で、当選を確実にして笑顔を見せる五十嵐衣里さん=東京都武蔵野市で2021年7月4日午後8時11分、小出洋平撮影

 「このままでは死んでしまう」。アルバイトでの生活は苦しく、追い詰められていた。271人が立候補した東京都議選(7月4日投開票)で、初当選した女性が10代後半から20代前半に抱いていた思いだ。いじめが原因で中学2年で不登校に。“中卒”の少女は自立を模索し、飲食店からトラック運転手まで職を転々とした。何度も挫折しながら一念発起し、今につながった。武蔵野市選挙区(定数1)で立憲民主党の新米都議になった五十嵐衣里さん(37)。話題を呼んだ女性が政治家を目指した理由とは――。【生野由佳/デジタル報道センター】

 選挙期間中、武蔵野市民ではない記者のSNS(ネット交流サービス)に、それまで知らなかった、弁護士の五十嵐さんのプロフィルが流れてきた。起伏のある人生に注目が集まり、拡散されたのだろう。都民ファーストの会の現職と、元市長の娘の自民党公認候補らを破って、いわゆる「地盤・看板・カバン」を持たない無名の五十嵐さんが当選した。

いじめ受け、中2で不登校に

 「特にNGはないので何でも聞いてください」。取材を快諾してくれた五十嵐さんと武蔵野市内の喫茶店で対面した。芯の強そうな瞳とはっきりとした口調が印象的だった。

 人生最初の分岐点は静岡市内に住んでいた中学2年の時。「ポケットベルがはやった時代でした。悪口が送られてきたり、仲間の女子グループに無視されたりしました。私物を隠されるなど繰り返し嫌がらせを受けました。思春期によくあるケースだったとは思います」。そんな日々が嫌になり、学校に行かなくなった。

 両親は猛反対した。特に母親は泣きながら、学校に行くよう何度も説得してきた。弟は遠方に住む祖母まで呼び出した。でも、五十嵐さんの意思は揺らがなかった。母親は“不登校を矯正する”とうたう民間施設への入所まで提案してきたが、母親に捨てられてしまう、と感じた五十嵐さんは全力で抵抗した。

 家に引きこもるわけではなかったが、高校進学もしなかった。「中学生活と同じだろうと思ったからです。つらい思いをしてまで、学校に行く必要はないと今も思います」

 だが、文部科学省の学校基本調査によると当時の高校進学率は約97%。「社会が『普通』と決めたレールを一度外れると、生活は厳しいのだと身をもって学びました」。その後の人生は想像だにしない、苦労が待ち受けていた。

バイト先で突然の…

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