特集

東京オリンピック

東京オリンピックに関する特集ページです。

特集一覧

担当記者は見た!

バレー荒木絵里香、「行っちゃダメ」娘の言葉に悩んだ日

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
バレーボール女子日本代表の練習で周囲の選手に声をかける荒木絵里香(中央)=東京都北区で2020年2月17日、佐々木順一撮影
バレーボール女子日本代表の練習で周囲の選手に声をかける荒木絵里香(中央)=東京都北区で2020年2月17日、佐々木順一撮影

 バレーボール女子日本代表で最多となる五輪4大会連続出場の荒木絵里香(36)=トヨタ車体。「東洋の魔女」の時代とは違う価値観を持つ。結婚、出産、娘と離れた生活……。引退を1年遅らせるかどうかという葛藤を乗り越え、最後の五輪に臨んでいる。

「頭の中がグチャグチャでした」

 荒木のプレーを初めて見たのは20年以上前のこと。高校生だった。同学年には「メグカナ」と呼ばれた栗原恵や大山加奈ら、きら星のように才能のある選手がいる黄金世代。荒木は長身だが、お世辞にもうまい選手ではなく、年代別代表では控えだった。その後、同世代の選手の多くは伸び悩み、次々と引退していった。対照的に荒木は、生き生きとプレーを続け、年々成長している。

 「『バレー選手』という生活が好きなんです。だから、早めに出産して長くプレーを続けたかった。妊娠前から計画していました」。2014年1月に長女の和香ちゃんを出産後、代表に本格復帰した16年春のインタビューでうれしそうに語った。苦しい練習が嫌で、早々と引退する選手が少なくない女子バレー界で、「バレーが好き」という言葉は新鮮だった。

 きっかけは08年。五輪に初出場した北京大会の直後、世界トップ選手が集まるイタリアリーグへ1シーズン移籍した。各国の選手が現役中に結婚、出産を当たり前にしていることに衝撃を受けた。「こうでないとバレーはできないという固定観念がなくなり、一気に選択肢が広がりました」。夫でラグビー元日本代表の四宮洋平さん(42)も理解があり、結婚前から出産後の現役続行を後押ししてくれた。

 2度目の12年ロンドン大会では、主将として銅メダルを獲得。「すごい充実感を得られた。続けられる限り、バレーをやりたい」との思いは強くなった。13年に結婚し、14年1月21日に3590グラムの娘を出産すると、2カ月後にトレーニングを再開した。夜泣きする娘を抱きしめながらスクワットしたこともある。年齢とともに…

この記事は有料記事です。

残り1389文字(全文2201文字)

【東京オリンピック】

時系列で見る

次に読みたい

あわせて読みたい

注目の特集