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舞台芸術とアーカイブ/下 「創造」の余地ある記録を模索=佐藤知久

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≪pH≫の振り付けを、オリジナルパフォーマーの砂山典子氏が学生に教える様子。映像記録は酒井耕、松見拓也両氏が担当した=京都市立芸術大学芸術資源研究センター提供
≪pH≫の振り付けを、オリジナルパフォーマーの砂山典子氏が学生に教える様子。映像記録は酒井耕、松見拓也両氏が担当した=京都市立芸術大学芸術資源研究センター提供

京都市立芸術大学芸術資源研究センター教授・佐藤知久

 歴史を語るのはむずかしい。だが出来事の「記録」ならできるのではないか。ある時代やある出来事について、その本質を固定させるのではなく、それがどのようなものだったのか、真摯(しんし)に伝えることならば。

 舞台芸術―あるいは現代美術―の場合、歴史として美術館や研究史に残るのは、ある種の「選択」を経たものだけだったと言える。美術史、批評、市場の評価などが、精確(せいかく)に、価値ある作品を必要十分に選びぬいているなら問題はない。だがさまざまな理由(収蔵量の限界や、保管に適さない表現方法など)によって、選ばれ残されるものは、ごくわずかだったと言わねばならない。とりわけ問題なのは、ある作品を歴史的価値を帯びた「対象」として選び出す際に、選択者が無意識的に作動させている、さまざまな「価値観」をめぐる諸問題であろう(千野香織「日本美術のジェンダー」1994年を参照)。

 「アーカイブ」は、こうした問題をすべて解決するのではないが、出来事を忘れず継承するための、ひとつのすぐれた方法であると私は考えている。デジタル技術の進展によって、さまざまな記録・保管・継承の方法を開発しうる余地が、今日ではひろがっていることも重要だ。

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