谷口浩美さん スポーツ界を救った「こけちゃいました」の背景

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フルマラソンの完走を目指す市民向けに開かれた宮崎大の公開講座で講師を務めるマラソン元五輪代表の谷口浩美さん=宮崎市の宮崎大木花キャンパスで2021年7月10日、平川義之撮影
フルマラソンの完走を目指す市民向けに開かれた宮崎大の公開講座で講師を務めるマラソン元五輪代表の谷口浩美さん=宮崎市の宮崎大木花キャンパスで2021年7月10日、平川義之撮影

 五輪に出場する選手はメダル獲得への重圧を背負い、戦う。勝てば喝采を浴びるが、敗れれば悲壮感が漂う。数ある競技の中でも花形とされるマラソンの「勝敗」は、人々の記憶に刻まれてきた。

 1996年アトランタ五輪で有森裕子さん(54)は銅メダルを獲得し「初めて自分で自分を褒めたいと思います」と涙を浮かべた。「すごく楽しい42キロでした」。2000年シドニー五輪で金メダルに輝いた高橋尚子さん(49)の笑顔はまぶしかった。ただ、注目されるのは歓喜のメダリストだけではない。中でもこの一言は、五輪に対する見方を変えたのかもしれない。

 「こけちゃいました」

 谷口浩美さん(61)は、92年バルセロナ五輪男子マラソンで8位に終わったレースの後、すがすがしい笑顔でこう話した。

 当時32歳。陸上の名門、旭化成の看板を背負い、メダル候補と期待を集めての出場だった。だが、22・5キロ付近の給水所で水を手にした直後、左足のかかとを後続選手に踏まれ、転倒。すぐさま立ち上がり、脱げた左足の靴を急いで履いたが、タイムロスもあって表彰台には食い込めなかった。

 このアクシデントを素直な言葉で表現した時のことを、谷口さんは述懐する。「転んだ場面はテレビに映っていないと思い、そのままを伝えただけでした。テレビを見ていた人はびっくりしたのでしょう。その後のイベントなどでも周囲から『今日は靴は脱げないかね』とよく言われたものです」。悲壮感がない姿は新鮮に映った。

 バルセロナ五輪の前、谷口さんは…

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