戦後76年

45年8月2日 富山大空襲 焼夷弾破片、肩に受けた 飯田さん(魚津)語る「人生の原点」 /富山

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76年前の富山大空襲の被災体験を語る飯田恭子さん=魚津市吉島のNPO法人つむぎで2021年7月26日、青山郁子撮影
76年前の富山大空襲の被災体験を語る飯田恭子さん=魚津市吉島のNPO法人つむぎで2021年7月26日、青山郁子撮影

 約3000人の市民が犠牲となった1945年8月2日未明の富山大空襲から今年で76年。実際の被災者が年々少なくなる中、体験を次世代に積極的に伝えようとする人もいる。NPO法人つむぎ(魚津市吉島)の飯田(はんだ)恭子さん(83)もその一人だ。焼夷(しょうい)弾を受けた自らの体験を「私の人生の原点」といい、同市の戦争の記憶伝承事業などで語る。【青山郁子】

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