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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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「黒い雨浴びた事実認められうれしい」 夫婦で被爆者手帳交付に喜び

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車椅子から体を乗り出し、被爆者健康手帳を広島市の職員から受け取る原告の遠藤フデ子さん(左)。「ありがとうございます」と何度も頭を下げた=広島市中区国泰寺町1の広島市役所で2021年8月2日午後1時35分、小山美砂撮影
車椅子から体を乗り出し、被爆者健康手帳を広島市の職員から受け取る原告の遠藤フデ子さん(左)。「ありがとうございます」と何度も頭を下げた=広島市中区国泰寺町1の広島市役所で2021年8月2日午後1時35分、小山美砂撮影

 広島への原爆投下による「黒い雨」を巡る訴訟で、被爆者と認められた原告への被爆者健康手帳の交付が2日、始まった。広島市役所を夫婦で訪れ手帳を受け取った遠藤フデ子さん(83)=広島市佐伯区=は、7歳だった1945年8月6日、爆心地から北西に約20キロ離れた旧上水内村(佐伯区)にいた。黒い雨を浴びたのは、広場で3人のきょうだいと一緒に木の枝で「チャンバラごっこ」をして遊んでいた時だった。

 辺りが暗くなり、突然「ピカッ」と光ったと思うと、急に大雨が降り出した。わらの敷物をかぶって雨をやり過ごした後、お互いの顔に黒い筋がついており「おかめだ!」と言って笑い転げたのをよく覚えている。焼けた新聞紙などがひらひらと落ちてきて、拾い集めた。間もなく、頭痛とほてりがして、夜はなかなか寝付けなかった。

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