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高橋智史が撮る故郷・秋田

「第38回土門拳賞」受賞者のフォトジャーナリスト・高橋智史氏が撮影した、故郷・秋田をテーマにした作品を紹介します。

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高橋智史が撮る故郷・秋田

受け継がれしものたち 土崎空襲語り継ぐ 秋田・首無し地蔵 /秋田

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土崎空襲によって頭部を失った首無し地蔵=秋田市飯島の雲祥院で2021年7月撮影
土崎空襲によって頭部を失った首無し地蔵=秋田市飯島の雲祥院で2021年7月撮影

 「夜中の空が真っ赤に染まっていた。土崎港の方角が、まるで昼になったように明るかった」。

 私が小学生の頃、30年ほど前に聞いた生前の祖母の言葉が、今もずっと心に残っている。それは、終戦前夜に祖母が見た、秋田市の空の景色だった。

 日本最後の空襲として知られる「土崎空襲」は、1945年8月14日の午後10時半に始まり、終戦を迎える15日未明にかけて約4時間続いた。130機を超えるB29が、日本最大規模の生産量を記録していた旧日本石油秋田製油所を標的に定め、約1万2000発の爆弾を投下した。製油所は壊滅し、市民と軍人合わせて250人以上の命が失われた。

 猛火と共に、刃のように鋭く重い爆弾の破片が飛び交い、人々を切り裂いていった。その破片は、製油所から2キロほど離れた寺院「雲祥院」にも襲来し、地蔵の頭部をそぎ飛ばした。その地蔵は今、「首無し地蔵」として大切に安置され、人々に戦禍を語りかけている。

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