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スケボー・スノボー「横乗り二刀流」 平野歩夢が目指す世界

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高いエアを見せて、日本選手権を制した平野歩夢=新潟県村上市の村上市スケートパークで2019年5月12日、佐々木順一撮影
高いエアを見せて、日本選手権を制した平野歩夢=新潟県村上市の村上市スケートパークで2019年5月12日、佐々木順一撮影

 世界を見渡せば、既存の枠にとらわれず軽やかに進むアスリートがいる。米大リーグで投打に活躍する大谷翔平(エンゼルス)は野球の常識を打ち破った。「バスケの神様」とたたえられたマイケル・ジョーダンも、心のままに野球に挑戦した。冬季に続いて夏季五輪に出場するスケートボード男子パークの平野歩夢(TOKIOインカラミ)も同じだ。「僕が挑戦するのは誰もやったことがないから」。二刀流の道を行く。

堀米雄斗とも競う

 国民の多くが知る22歳の顔は、スノーボーダーとしてのものだ。中学3年で出場した2014年ソチ冬季五輪スノーボードの男子ハーフパイプで、冬季五輪で日本選手最年少のメダルとなる銀メダルに輝いた。18年平昌冬季五輪では、左膝の靱帯(じんたい)を痛める大けがを乗り越えて2大会連続で銀メダルを手にした。縦2回転、横4回転する大技「ダブルコーク1440」を軽々と成功させる姿は圧巻だった。

 その平野がスケートボードに挑戦すると表明したのは18年11月。五輪競技となったスケートボードを見過ごすわけにはいかなかった。当時、記者会見で「スルーするわけにはいかない」と語っている。

 4歳で競技を始めた平野だが、先に始めたのはスノーボードではなくスケートボードだ。父英功さん(49)の運営するスケートパークで技を磨き、冬はスキー場でトレーニングに励んだ。当時、取り組んだのはバーチカルと呼ばれるハーフパイプの構造物を滑る非五輪の種目だ。高さ3~4メートルほどの両端部分が垂直になっており、ここで技を決めるには技術だけでなく、体の軸がぶれない体幹の強さや安定感のある滑りが求められる。スノーボードで代名詞となった高いエア(空中技)は、このバーチカルで培われた。

 平野は小学生の頃、国内大会にも出場している。10歳で出場した、09年5月に神奈川県藤沢市内で開催された「エレメントカップ」では、同学年で東京オリンピックの男子ストリートで初代王者となった堀米雄斗(XFLAG)とアマチュアクラスの1位、2位を独占したこともある。当時を知る競技関係者は「2人とも普通の小学生と違った。歩夢はたたずまいが違った。小学生ながら近寄りがたいオーラがあった」と振り返る。

 その後、スノーボードの国際大会で活躍するようになり、次第に大会からは遠ざかったが、スケートボードはいつも身近にあった。17年3月、米国の大会で左膝を大けがしたが、リハビリの一つとして取り組んだのもスケートボードだった。

 競技経験があったとはいえ、二刀流の道は簡単ではなかった。「同じ横乗りで…

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