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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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「平和のために生きて」 母から託された思い胸に 被爆証言者の道へ

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母サダ子さんの遺影を手に、被爆体験を振り返る次女の脇舛友子さん=広島県熊野町で2021年8月4日、山田尚弘撮影
母サダ子さんの遺影を手に、被爆体験を振り返る次女の脇舛友子さん=広島県熊野町で2021年8月4日、山田尚弘撮影

 「平和の為(ため)に、話しに行くよ」。介護施設に入所する106歳の母に宛てた最後の手紙に、決意を記した。3歳の時、母とともに被爆した脇舛(わきます)友子さん(79)=広島県熊野町=は今秋にも、証言者として新たな一歩を踏み出す。多くを語らなかった母・若本サダ子さんから、2年前に初めて体験を聞いた。託された亡き母の思いを胸に「あの日」を語り継いでいくつもりだ。ヒロシマは6日、76回目の原爆の日を迎える。

 1945年8月6日朝、2人は広島県北部の山間にあったサダ子さんの実家から、列車で呉市の自宅に向かおうとしていた。途中で列車が動かなくなり、線路を伝って歩いて広島市に向かい、入市被爆した。

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【広島・長崎原爆】

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