「飯場」の姿、後世に 宇治・ウトロ地区で解体 部材生かし、祈念館に移築 /京都

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移築に向けて解体される宿舎跡。作業員が屋根板などを慎重に外した=京都府宇治市伊勢田町ウトロで、鈴木健太郎撮影
移築に向けて解体される宿舎跡。作業員が屋根板などを慎重に外した=京都府宇治市伊勢田町ウトロで、鈴木健太郎撮影

 宇治市伊勢田町ウトロ地区にある「飯場」と呼ばれた建物跡が、在日コリアン住民の歴史を伝える「ウトロ平和祈念館」の敷地内に移築するため、解体された。同地区は戦時中の京都飛行場建設に携わった、朝鮮人労働者と家族が暮らしたことがきっかけでできた在日コリアンの集住地域。戦時中に労働者の宿舎として作られ、ウトロ最初期の姿で残る唯一の建物として、柱など元の部材を最大限に生かして再現される。【鈴木健太郎】

 建物は1943年ごろに建てられたもので、12戸が連なった木造平屋建て。室内で見つかったカレンダーなどから、住人は86年までいたとみられる。急ごしらえの作りで、何度も修繕された跡があるが、築75年以上で老朽化が進み、風雨であちこちが破損している。

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