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広島・長崎「原爆の日」 核の恐ろしさ共有する時

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 広島はきょう、長崎は9日に「原爆の日」を迎える。

 1945年夏、2度にわたる米軍の原子爆弾投下により、20万人を超える市民が犠牲になった。放射線を浴びた多くの人が今なお健康被害に苦しむ。

 惨禍の記憶を次世代に伝え、二度と核兵器が使われない世界をつくる。その思いと願いを再確認する日である。

 核への恐怖感が時代とともに薄れる中で、続く取り組みがある。広島市立基町(もとまち)高校の生徒が被爆者から体験談を聞き取り、想像した光景を描く「原爆の絵」活動だ。

 「兄妹で父親を火葬」と題する作品は、生き残った兄とともに、被爆死した父をひつぎに納め、木切れを集めて火葬した笠岡貞江さんの証言をもとにしている。

高校生が絵で記憶伝承

 漆黒の闇の中、赤く燃える炎が爆発による業火を想起させる。絶望の淵にある兄と妹の虚無的な表情が印象に残る油彩画だ。

 作者の2年生、田邊萌奈美(もなみ)さんは「親の死を悲しむ時間すら与えられない戦争の理不尽さを描きたかった」と話す。

 88歳になる笠岡さんの体験に17歳の田邊さんが触発され、遠い過去を視覚的に再現した。「現代では想像もできないことを一生懸命考えてくれた」と笠岡さんは感謝の気持ちを口にする。

 作品は原爆資料館に寄贈される。2007年に始まった活動で制作された絵は190点に上る。

 体験を継承する取り組みとは裏腹に、世界に目を向ければ、殺伐とした風景が広がる。

 世界の核弾頭約1万3000発の9割を保有する米国とロシアは、中国を交えて核軍拡競争に血眼になっている。北朝鮮が新たに核を手にし、イスラエルに対抗してイランが核開発を進める。

 「核のリスクはここ40年で最高レベルにある」。国連で軍縮を担当する中満泉事務次長は警告する。米ソ軍拡競争が激化した80年代以来の危機だという。

 警鐘を鳴らす動きもある。国境紛争を抱える核保有国のインドとパキスタンが核戦争に陥った場合の影響を米コロラド大などの科学者が試算した。

 都市部への大規模攻撃で数千万人が爆死し、舞い上がった大量のすすが太陽光を遮る。世界の平均気温は1・8度下がり、一部の穀物の生産量は20%近く減り、飢餓がまん延する――。

 限定的な核兵器しか持たない国同士の地域的な紛争であっても、影響は地球規模に広がる。世界経済も大混乱に陥るだろう。

 危機を可視化した試算には、国家指導者に核戦争をためらわせる一助になればという期待が込められている。

 それに向けた小さな一歩になるだろうか。バイデン米大統領が今年の7月16日を「全米被ばく兵士の日」に指定した。1945年に世界初の原爆実験「トリニティ実験」が行われた日だ。

想像する力が惨禍防ぐ

 この後に続く大気圏内の核実験は200回を超え、20万人以上の米兵が携わったが、口外を禁じられ、家族にも明かせないまま多くが亡くなった。90年に創設された補償制度も来年夏に廃止される予定で、風化を懸念する声もある。

 記念日の指定は83年のレーガン政権時以来38年ぶりだ。1年限りの指定だが、議会には恒久化を求める法案が提出されている。国家としての責任を忘れないための機会とすべきだろう。

 市民であれ国家であれ地道な取り組みには意味がある。それでも「核兵器なき世界」に近づくには、より広範な活動が必要だ。

 核廃絶を国際的な規範とする核兵器禁止条約が発効した意義を改めて認識すべきだ。核保有国や、自国の安全保障を米国の「核の傘」に頼る日本は抑止力を損なうとして参加していない。

 だが、核戦争のリスクが高まる中で、どこまで抑止力が機能するのか。むしろ、危機を回避し、核軍縮に向けた外交努力を尽くすことが重要だ。条約はその出発点となりうる。日本も理念を共有する姿勢を打ち出す必要がある。

 80年代初頭に約37万人を数えた被爆者は現在、約12万7000人だ。この1年で9000人近くが亡くなり、「被爆者がいない時代」がいずれ訪れる。

 核戦争が起きたら自分や家族はどうなるか。ひとりひとりが想像力を働かせる。それが、惨劇を繰り返さない道につながるはずだ。

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