特集

広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

特集一覧

「生き延びるぞ」被爆した父の命救った島 遺族、足跡踏みしめ

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷
原爆慰霊碑の前で思いを語る黒木律子さん=広島市中区の平和記念公園で2021年8月6日午前9時34分、猪飼健史撮影
原爆慰霊碑の前で思いを語る黒木律子さん=広島市中区の平和記念公園で2021年8月6日午前9時34分、猪飼健史撮影

 6日の広島・平和記念式典に徳島県遺族代表として参加した黒木律子さん(68)=徳島県鳴門市=には、今回の広島訪問でぜひ立ち寄りたい場所があった。広島湾に浮かぶ似島(にのしま)(広島市南区似島町)だ。島には、原爆投下後に治療のため負傷者1万人超が運び込まれ、多くの人が息を引き取った。2020年9月に95歳で亡くなった父増田晃さんは、ここで被爆直後を過ごした。原爆の日を前にした5日、2人の妹たちと初めてこの地に立った黒木さんは「この島がお父さんの命をつないでくれた。けど、たくさんの人が亡くなったんだね」とつぶやいた。

 晃さんは徳島から広島高等師範学校(現広島大)に進学し、20歳の時に爆心地から約1・3キロにあった下宿先で被爆。近所の人にがれきの中から助け出されたが、左腕や背中を負傷。軍の施設が置かれ、原爆投下後は検疫所が臨時救護所となっていた似島へと船で渡った。

この記事は有料記事です。

残り889文字(全文1273文字)

【広島・長崎原爆】

時系列で見る

関連記事

あわせて読みたい

マイページでフォローする

この記事の特集・連載
すべて見る

ニュース特集