八幡大空襲から76年 市民団体と学生ら、戦争伝える慰霊碑を修復

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龍潜寺境内にある慰霊碑に墨入れをする(左から)平野塾の出口さん、出來谷さん、九州国際大の河野さん、山崎さん=北九州市八幡東区で2021年7月2日午前9時20分、奥田伸一撮影
龍潜寺境内にある慰霊碑に墨入れをする(左から)平野塾の出口さん、出來谷さん、九州国際大の河野さん、山崎さん=北九州市八幡東区で2021年7月2日午前9時20分、奥田伸一撮影

 終戦直前に死傷者約2500人を出した八幡大空襲(1945年8月8日)から8日で76年になる。地元の小伊藤(こいと)山公園(北九州市八幡東区尾倉)で慰霊祭を主催する市民グループ「平野塾」は今夏「死者一人一人に向き合う」をテーマに準備を進めてきた。慰霊祭は新型コロナウイルス感染の急拡大で中止したが、同会は「空襲で一人一人が命が絶たれたことの不条理さを胸に刻み、後世に伝える取り組みは続けたい」という。

 7月2日午前、八幡東区祇園原町の龍潜寺。墓地に建つ「戦没者慰霊碑」の周りに、平野塾と九州国際大(同区平野)の4年生計7人が集まった。慰霊碑には戦時中に勤労動員され、八幡大空襲の際に防空壕(ごう)で亡くなった花尾国民学校高等科(現花尾中)の教師や生徒、動員先の「林商会」(戦後他社と合併)の従業員とみられる計73人の名が刻まれている。風雨にさらされ、文字の中の塗料が色落ちして見えづらくなっていた。

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