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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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「被爆者の人生知って」封印した証言、40年経て再び語る86歳

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多くの遺体を見たという相生橋を訪れた岡本泰枝さん。「あの日この橋で見たことは思い出したくもない」と語った=広島市中区で2021年8月6日午後4時10分、山田尚弘撮影
多くの遺体を見たという相生橋を訪れた岡本泰枝さん。「あの日この橋で見たことは思い出したくもない」と語った=広島市中区で2021年8月6日午後4時10分、山田尚弘撮影

 「あの日、水をあげられなかった」。広島に原爆が投下された76年前の光景が、今でも脳裏に焼き付き、自分の行為を問い続けている。かつて一度は子どもたちへの証言活動に携わりながらも、自責の念から続けられなかった被爆者の女性が、約40年後の今夏、再び口を開いた。「生の自分をさらけ出すことはつらい。でも、私はもう先が長くない。あの日の広島や被爆者の人生を知ってもらいたい」。初めて記者に言葉を託した。

 広島市西区の岡本泰枝さん(86)。爆心地から約4・1キロの広島市南観音町(現西区)の自宅で被爆した。1945年8月6日。当時10歳で、この日は学校を休んでいた。

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【広島・長崎原爆】

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