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「迫る」は人物の内面を探ったり、出来事の背景を掘り下げたりする大型読み物です。

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64年五輪、出番なかった「金」(その2止) 勝つため、自分のため

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1964年東京五輪で優勝し、大松博文監督を胴上げする日本チームの選手たち=東京都世田谷区の駒沢屋内球技場で1964年10月23日
1964年東京五輪で優勝し、大松博文監督を胴上げする日本チームの選手たち=東京都世田谷区の駒沢屋内球技場で1964年10月23日

 

 戦禍に翻弄(ほんろう)された子ども時代だった。1964年東京五輪女子バレーボール金メダリストの佐々木節子さん(76)は敗戦前年の44年10月、東京都大田区に生まれた。父はフィリピンで戦死。空襲で自宅を失い、一家で茨城県へ疎開した。母は両親と男女3人の子とともに間借りした家を転々とし、子守の仕事などで家計を支えた。「疎開者」「片親」。兄がいじめられると、勝ち気な佐々木さんが棒を手に追い払った。

 母はパーマ代がなく頭の上で髪をまとめていた。いつも穏やかだったが、小学校の入学式で一緒に納まった記念写真を見ると、険しい表情を浮かべていた。「思い出したくもない貧乏な生活だった。きっと意地を張って生きていたんでしょう。私の人生は母の生き様と似ているのかもね」

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