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東京五輪が閉幕 古い体質を改める契機に

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 新型コロナウイルス下で行われた東京オリンピックが閉幕した。

 史上初の延期に加え、大半の会場に観客を入れず、選手を外部から遮断する「バブル方式」などの措置が取られた。祝祭感なき異例の大会となった。

 原則無観客で開催されたことによって、人の流れはある程度、抑制された。だが、マラソンなど公道での競技には、五輪の雰囲気を味わおうと人が詰めかけた。

 選手村では行動が制限され、ウイルス検査が連日行われた。ストレスの多い生活に選手から不満が漏れ、無断外出で大会参加資格証を剥奪される例もあった。

 選手にとっては「おもてなし」とは程遠い不自由な環境だっただろう。だが、感染を抑えるためには、やむを得ない対応だった。

 ただ、1年延期によるこの時期の開催が適切だったのかは、閉幕後も問われ続ける。酷暑の問題も含め、主催者と日本政府はきちんと検証しなければならない。

多様性求める選手たち

 期間中、多様な価値観を受け入れる社会を求めて行動を起こす選手たちの姿が目立った。

 サッカー女子では人種差別に反対の意思を示すため、試合前に片膝をつくポーズをするチームが相次いだ。英国が呼び掛け、日本をはじめ対戦相手も同調した。

 国際オリンピック委員会(IOC)は、大会中の「政治的、宗教的、人種的」な宣伝活動を禁じている。だが、今大会では規則を緩和し、競技前などは認めた。

 禁止されている表彰式でも、陸上女子砲丸投げで銀メダルを獲得した米国の黒人選手が両腕を交差させ「X」のポーズを作った。「抑圧された人々が出会う交差点」という意味だという。

 性差別を許さないという意思表示もあった。ドイツの体操女子チームは、肌の露出が多いレオタードではなく、足首までの「ユニタード」を着て試合に臨んだ。

 重量挙げでは、男性から女性へ性別を変更し、トランスジェンダーであることを公表したニュージーランドの選手が出場した。競技の公平性を疑問視する声もあったが、「自認の性」が尊重された。

 国家の不当な圧力に抵抗した選手もいる。陸上女子短距離のベラルーシの選手は、予定外の種目に出場するようコーチから強要され、不満をネット交流サービス(SNS)に投稿した。

 その結果、帰国を命じられたが拒否し、隣国ポーランドへ亡命した。独裁下のベラルーシでは、大統領が成績の振るわない選手団に高圧的な態度を見せていた。

 「スポーツをすることは人権の一つである」。根本原則にそう記す五輪憲章は「すべての個人はいかなる種類の差別も受けることなく、オリンピック精神に基づき、スポーツをする機会を与えられなければならない」と定めている。

 選手たちは「五輪の精神」を身をもって示した。何事にも縛られず、自由にスポーツをしたいという純粋な思いの表れだ。

コロナ下でひずみ露呈

 一方で、五輪を運営する側はひずみを露呈させた。IOCはコロナ下での五輪に対する国民の不安をよそに開催へと突き進んだ。

 IOCの財政は、米放送局の巨額放映権料と世界的スポンサーの協賛金に依存している。ビジネスを優先して、選手の健康や国民の安全が軽視された点は否めない。

 五輪をめぐる権限が、IOCに握られているといういびつな構図も浮き彫りになった。開催都市契約は「不平等条約」とも呼ばれ、その条項には中止の決定権はIOCが持ち、賠償責任は一切負わないとのくだりがある。

 IOCだけでなく、政府や東京都も開催ありきの姿勢を貫いた。「安全・安心」を繰り返すだけで開催の意義を語らず、政権浮揚に五輪を利用しようとするかのような姿勢が国民の反発を招いた。

 大会組織委員会の森喜朗前会長の女性蔑視発言や開会式演出担当者の過去の言動など、関係者の差別的な体質が次々と表面化した。「多様性と調和」という大会ビジョンは見せかけに過ぎないと多くの人の目には映ったはずだ。

 五輪の暗部が白日の下にさらされ、「開催する意義は何なのか」という根源的な問いが人々に投げ掛けられた。

 古い体質を改めなければ、五輪は新たな時代に踏み出せない。憲章の理念を実現しようとした選手たちの声に耳を傾けることが、その一歩となるはずだ。

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