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香原斗志「イタリア・オペラ名歌手カタログ」

オペラ評論家の香原斗志さんが、往年の名歌手から現在活躍する気鋭の若手までイタリアのオペラ歌手を毎回1人取り上げ、魅力をつづります。

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香原斗志「イタリア・オペラ名歌手カタログ」

<第19回> アレッサンドロ・コルベッリ(バリトン)

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10月には新国立劇場の「チェネレントラ」へ出演予定のアレッサンドロ・コルベッリ
10月には新国立劇場の「チェネレントラ」へ出演予定のアレッサンドロ・コルベッリ

声に表情を連動させて上質の滑稽味をかもし出す

ブッフォの神様の至芸

 バス歌手は主に声域によって、やや軽く高めの声でなめらかな旋律を歌うバッソ・カンタンテと、より深く荘重な声のバッソ・プロフォンドなどに区分されるが、そうした区分とは別に、喜劇的な役を得意とするバスをバッソ・ブッフォと呼ぶ。

 そして、バッソ・ブッフォが配役されているオペラでは、その出来、不出来が、時に公演の成否を決定づけてしまう。バッソ・ブッフォほど、あらゆる点で役者であることを求められる声種はないからである。

 バッソ・ブッフォのための代表的な役、ロッシーニ「セビーリャの理髪師」のドン・バルトロや、「ラ・チェネレントラ」のドン・マニフィコなどは、歌うだけでは務まらない。しゃべるときの抑揚やテンポを模倣したパルランド様式などを交えつつ、怒りや憤激、あるいは慢心などの感情を、滑稽(こっけい)な味わいを加えながら表さなければならない。

 そういう芸の巧みさにおいて傑出しているのが、北イタリアはトリノ生まれのアレッサンドロ・コルベッリである。ちなみにコルベッリの声種は元来、バリトンだが、それ以上にバッソ・ブッフォの大ベテランだといえる。

 その至芸は、たとえば1992年にチェチーリア・バルトリとの共演で録音された「ラ・チェネレントラ」(リッカルド・シャイー指揮、デッカ)でのダンディーニや、97年に同じくバルトリをヒロインに迎えてのロッシーニ「イタリアのトルコ人」の録音(シャイー指揮、デッカ)のジェローニモでも、すでに全開になっていた。

 コルベッリの気品ある美しい低声は、息に乗って自然に発せられ、低音域でも高音域でも声質が変わらない。

 喜劇的な役を歌うとき、滑稽味を表そうとがんばるあまり声質を意識的に変化させ、歌が聴きづらくなってしまう歌手が少なくない。だが、コルベッリはそうした小技に頼らず、声に色彩を微妙に与えたりアクセントを加えたりするだけで、必要にして十分な滑稽味をかもし出す。

 そうした微妙な味わいこそが、質の高い笑いにつながるし、役柄に単なるおかしさを超えた深みを与えることができる。実は、大げさな表現の何倍も、困難で奥が深い表現なのである。

 また、コルベッリが、役柄を深く表現するために声を理想的に使うのは、述べてきた通りだが、それだけにとどまらない。表情やジェスチャーがすべて、緻密な歌唱と連動しているのだ。目や動きも、色彩やアクセントを伴って表情が連綿と変化する歌唱表現と、ぴたりと一致している。

 イタリア語は会話する際も、日本語とくらべて口内の筋肉を2倍も3倍も使うので、口の動きは激しい。だから、口の動きを観察することで相手の表情を読みとりやすい。コルベッリがそのことを意識しているかどうかはともかく、口の動きまでが理想的なバッソ・ブッフォである。

 そんな至宝の最大の当たり役、ドン・マニフィコを、10月に東京で聴き、観(み)ることができる。新国立劇場のシーズン開幕公演「チェネレントラ」である。できればオペラグラスを手に、歌と連動した口や目の動きまで味わってほしい。

筆者プロフィル

 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声の正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。ファッション・カルチャー誌「GQ japan」web版に「オペラは男と女の教科書だ」を連載中。

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