秩父鉱山から鉱石を空中運搬 戦前・戦中の索道写真 郷土史家、小鹿野町に寄贈へ /埼玉

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木柱を建て、ワイヤを引いて搬器を運んだ秩父鉱山の索道=田中徳好さん提供
木柱を建て、ワイヤを引いて搬器を運んだ秩父鉱山の索道=田中徳好さん提供

 奥秩父の山や谷を越えて秩父鉱山(秩父市)の鉱石などを空中で運んだ索道の写真が見つかり、郷土史家が保存している。鉱山職員が1940年前後に撮影、整理したとみられるアルバムに収められていた。鉱山の索道は明治時代から各地で施設されたが、戦前・戦中の写真がまとまって残っているのは貴重という。【山田研】

 秩父鉱山は武田信玄による金採掘に始まるとされ、国内最多となる140種の鉱物がある。経営主体や採掘する鉱物の変遷を経て、日窒(にっちつ)鉱業開発(現ニッチツ)が37年に買収し、鉄鉱石や亜鉛などを採掘した。

 アルバムは4冊あり、小鹿野町文化財保護審議委員長の田中徳好(のりよし)さん(74)が2017年ごろ、秩父市内の骨董(こっとう)品店で見つけ、購入した。骨董商は別の古物商が農家などを回って購入した品を業者間の競り市で入手したが、元の所有者や撮影者はわからない。

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