余命宣告受けたライフガード 感謝伝える生前葬終え新しい生活

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次女絢ちゃんを抱っこする槇仁彦さん(中央)。長女杏ちゃん(左)と長男然ちゃん(右)は妹の誕生をとても喜んでいる=神奈川県鎌倉市の自宅で2021年7月31日午後2時20分、生野由佳撮影
次女絢ちゃんを抱っこする槇仁彦さん(中央)。長女杏ちゃん(左)と長男然ちゃん(右)は妹の誕生をとても喜んでいる=神奈川県鎌倉市の自宅で2021年7月31日午後2時20分、生野由佳撮影

 悪性度の高い脳腫瘍「グリオーマ」と診断され、平均的な余命が2年しかないと知ったライフガードの男性(31)は2020年11月、恩師や友人ら“感謝を伝えたい人”を招いてエンディングパーティー(生前葬)を開いた。その後まもなく男性がSNS(ネット交流サービス)に投稿していたエンディングノートの更新が止まった。何があったのだろうか。記者が会いに行くと男性は新しい生活に踏み出していた。【生野由佳/デジタル報道センター】

“チョンマゲ”も健在

 この男性は、神奈川県鎌倉市の保険外交員、槇仁彦(まき・まさひこ)さん。記者(生野)は槇さんのエンディングパーティーを取材し、<「余命2年」 30歳ライフガードの男性が生前葬を開くことにした理由>や<「これが僕のミッション」余命2年を宣告された槇さん、生前葬がくれた夢>として紹介してきた。

 7月末の夏空の下、槇さんの姿は材木座海岸(同市)にあった。トレードマークの“チョンマゲ”が海風に揺れる。槇さんが代表を務める「鎌倉ライフガード」が主催する子供たちへの海の安全教室だ。

 ずらりと並んだライフガードが自己紹介していく。ライトグリーンのマスク姿の槇さんは「ディズニーの人気者“ミッキー”ではなく“マッキー”です」とあいさつ。子供たちの心をつかむと、ライフジャケットの装着方法や海での浮かび方などの指導が始まった。新型コロナウイルス禍で不自由な生活が続く地元の子供たちのために少人数制で開いた講習会。槇さんは真っ黒に日焼けしていた。

 体調に問題はないようにみえる。恐る恐る聞くと、笑顔が返ってきた。「全く不安がないわけではありませんが今のところ、大丈夫です」

 現在は放射線治療はしておらず、2カ月に1度、MRI(磁気共鳴画像化装置)検査や血液検査で経過観察を続けている。規則正しい生活と食事には人一倍、気を使っている。

 ただし、エンディングパーティーを区切りにして生活は一変していた。「生きる意味」を語ろうとNPOなどの団体を設立することを決めた。団体の形式は決まっていないが講演活動や出前授業をはじめ、普段は生死を意識しない若い世代に何かを伝えたいと考える。でもなぜ、SNSの更新を止めてしまったのか。その話題に入る前に、少し経緯を振り返りたい。

 槇さんの病気が発覚したのは17年6月8日。車を運転中にてんかんの発作に襲われて交通事故を起こした。その後の検査で脳腫瘍が判明し、手術で患部を取り除いた。脳腫瘍は悪性度がグレード1~4の4段階で表されるが、軽い方から2番目の「2」だった。しかし、19年7月に再発が確認された。再手術後の20年1月4日、グレードが最も重い4と診断される。

 脳腫瘍についてネットや本で調べていた槇さんは確認した。「5年生存率10%、平均余命は2年ですね?」

 主治医に聞くと、大きくうなずいた。そこから「死」に向き合う人生が始まる。

 友人に病気を報告するうちに、思い立ったのがエンディングパーティーだった。「僕に寿命が迫っているのなら、今、会っておかなければ後悔する人たちがたくさんいる」

 鎌倉の古民家ホテルで同年11月7日に開かれたエンディングパーティー。会場は開放感のあるダイニングキッチン、リビングにソファ、芝生の庭が広がる。

 記者も当日、取材させてもらった。結婚式の2次会といった雰囲気で、病状をオープンにする槇さんに友人たちはちゅうちょなく話しかけていた。「本当に病気なの」「詐欺じゃない」「パーティーが終わったら何をするの」。仲間たちと冗談を交わし、将来を語っていた。そして槇さんは皆の前でこう決意を語った。「何があっても生きることをエンターテインメントにします」

誰がいつ死ぬかなんて分からない

 前回取材時、槇さんは材木座海岸の近くで妻優さん(31)と長女杏ちゃん(5)、長男然(ぜん)ちゃん(3)の4人で暮らしていた。それから約8カ月。槇さん宅を再び訪ねた記者が近況を聞くと、「夢が一つかないました」とうれしそうに笑った。エンディングパーティーの企画のさなかに夫婦で「未来の家族像」を話し合ったのだという。自宅には生後2カ月の次女絢(じゅん)ちゃんの元気な泣き声が響いていた。家族が4人から5人に増えたのだ。

 死を間近に感じた時、残された家族、特に幼い子供たちの将来に意識が向きそうだ。だが、槇さんは違った。「グレード4と診断され、僕が一番死に近づいているのかもしれません。ですが明日、誰が事故などで命を失うかは分かりませんよね」

 槇さんはライフガードとして長年、海の事故と向き合ってきた。数時間前まで海岸で騒いでいた若者が沖に流され、息を引き…

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