連載

池上彰のこれ聞いていいですか?

ジャーナリストの池上彰さんが各界で活躍する人と対談します。

連載一覧

池上彰のこれ聞いていいですか?

吉永小百合さんがコロナで感じた 心を豊かにする映画の大切さ

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
ジャーナリストの池上彰さんと対談する俳優の吉永小百合さん=東京都中央区で2021年7月31日、竹内紀臣撮影
ジャーナリストの池上彰さんと対談する俳優の吉永小百合さん=東京都中央区で2021年7月31日、竹内紀臣撮影

 ジャーナリストの池上彰さんが各界の著名人に話を聞くシリーズで、終戦記念日を前に俳優の吉永小百合さんとの対談が実現した。長年取り組んでいる平和祈念の朗読活動への思いや、公開中の映画「いのちの停車場」で在宅医療専門医を演じ、命の大切さを改めて見つめ直したことに話は及んだ。

「愛と死の記録」きっかけに

 池上 命の大切さということで言えば、私は毎年、8月6日に広島、9日に長崎の平和式典の中継に携わっていますが、体力的に出席できる方がどんどん減っていて間もなく原爆の被害体験を話せる人がいなくなってしまう。どう伝えていくかが課題になっています。吉永さんも詩の朗読を通して、体験を伝承しようとしていますでしょう。

 吉永 子どもの頃は原爆のことはよく知りませんでした。第五福竜丸が巻き込まれたビキニ環礁の水爆実験は9歳ぐらいだったと思いますが(被ばくし半年後に亡くなった)久保山愛吉さんの容体を、毎日、ラジオで放送していました。そのため核実験の恐ろしさは子ども心に感じていましたが、原爆は強く意識していませんでした。

 それが、21歳の時に「愛と死の記録」という映画で広島ロケをして、広島赤十字・原爆病院に入院していた人たちにも出演していただいて。原爆の恐ろしさが少し分かってきたのです。その後は「夢千代日記」というドラマを足かけ4年やりました。

 池上 「夢千代日記」で演じられた夢千代は、原爆症で苦しんでいました。

 吉永 はい。胎内被爆でした。そういう中で1986年、日本原水爆被害者団体協議会の人たちから、平和集会で詩を読んでほしいと提案されました。20編ぐらいの中から自分でセレクトしましたが、どの詩も読んでいて、胸がいっぱいになりました。

 それから中学校の先生からお手紙をいただいて山の中の分校で読んだりしていたのですが、聞いてくださる人の数は限られてしまう。そこでCDで残したいと思うようになって、97年に広島、99年に長崎という形で朗読を収録しました。その後、どうしても入れなきゃいけないと2006年に沖縄、15年に福島の詩を収録したのです。

 CDに収録した中に、女子高校生が作った詩がありました。この詩を書いた方のお孫さんが、被爆3世に当たるのですが、自分でも祖母の詩を読んだり、原爆のことを劇にしたりという活動をしています。そのような活動をサポートしていきたい。今まで埋もれていた詩を見つけたり、読めなかった詩にトライしたり。みんなに聞いてもらって、心に残してもらうにはどうしたらいいか、少しずつ考えながらやっています。

読めない詩 「やらなきゃ」の思い

 池上 読めなかった詩というのは。

 吉永 原民喜さんの「水ヲ下サイ」という詩が本当にひどい状況を描いていて、あまりにも厳しく残酷で初めは読めませんでした。でも自分の中に詩を一度納めてから朗読すれば、深く伝わるんじゃないかと思い、試行錯誤して読んでみたりしました。

 「やりたい、やらなきゃ」という思いで20年以上、作品作りをしてきました。新型コロナウイルスの感染拡大で昨年の活動は難しかったのですが、今年から来年にかけて、またやりたいと思って…

この記事は有料記事です。

残り4266文字(全文5564文字)

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る

注目の特集