病身にも兵志願した父、戦争語らなかった父 終戦の日、家族たちは

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 「終戦の日」の15日、海外で亡くなり身元不明などの理由で遺族に引き渡せなかった遺骨を納める千鳥ケ淵戦没者墓苑(東京都千代田区)には、マスク姿の遺族らが訪れた。遺族らは雨の中で静かに手を合わせ、「不戦の誓い」を新たにした。

 「2歳の頃に出征したので父親の記憶はないが、白木の箱に爪が3切れだけ入ったものが自宅に届いたのは覚えている。それが本当に父親のものかどうか分からない。ここに遺骨があるかもしれない」。海軍にいた父が終戦間際、インド洋のアンダマン諸島で病死した男性(79)=千葉県浦安市=は終戦から1年近くして、自宅に父親の遺品が届いた時のことを今でも覚えているという。

 男性の父は自ら志願して海軍に入ったといい、「父親は持病のため、徴兵検査で一度はねられていた。でも周りがどんどん召集されるのを見て耐えられなくなったのか、自ら志願して兵隊になった。『お国のために』という当時の空気感でしょうね。戦争はしてはいけない。安らかにお眠りくださいと手を合わせた」と話した。

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