「どんなに暑かったか」母親がコメント公表 送迎バス5歳児死亡

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倉掛冬生ちゃんが通っていた双葉保育園。通用口の前には花束や飲み物が供えられていた=福岡県中間市で2021年7月31日午前9時10分、中里顕撮影
倉掛冬生ちゃんが通っていた双葉保育園。通用口の前には花束や飲み物が供えられていた=福岡県中間市で2021年7月31日午前9時10分、中里顕撮影

 福岡県中間市の双葉保育園で送迎バス内に取り残された園児の倉掛冬生(とうま)ちゃん(5)が熱中症で死亡した事件で、遺族の代理人弁護士が17日、母親のコメントを公表した。全文は次の通り。

現実を受け入れられない

 私は、令和3年7月29日に突然の死を迎えた倉掛冬生の母です。

 あれから3週間近くが経(た)ちますが、最愛の息子の冬生を失った悲しみは日に日に募る一方で、今でも冬生がいなくなった現実を受け容(い)れることができません。毎朝、冬生が「おはよう。」と元気に起きてくるのではないかと思ってしまいます。

 今もなお全く心の整理がついておりませんが、事件後マスコミの方々から何度も取材の申し入れをいただいておりますので、今回、弁護士さんを通じてコメントという形でお答えさせていただきたいと思います。

 あの日の朝、私は冬生のお兄ちゃんと一緒に冬生の見送りに出ました。園長先生がお迎えバスの運転席から降りてスライドドアのほうに回ってきて、冬生の手を消毒してバスの中へ誘導していました。冬生は園長先生に「おはようございます。」と元気に挨拶(あいさつ)をし、私たちに「行ってきます。」と笑顔で手を振ってお迎えバスに乗り込みました。まさかこれが冬生の元気な姿を見る最後になるなんて思いもしませんでした。

 帰りの時間になり、私はいつものように冬生がバスから降りてくるのを待っていましたが、冬生は降りて来ませんでした。そして、担任の先生が「今日は冬生君、来ていませんよ。」と言ってきましたので、私は「いや、行きました。」と伝えました。担任の先生は携帯電話で園に連絡しているようでしたが、他の子もいましたのでそのままバスは行ってしまいました。

 そうしたところ、10分もなかったと思いますが、警察の方から電話がかかってきて「家で待っていてください。」と言われました。私は、嫌な予感がして居ても立ってもいられず、双葉保育園へ走っていきました。

 保育園に着くと警察の方が来ており、冬生は既に救急車で運ばれていました。

 そして、園長先生が出てきて「ごめんね。バスの中に寝てたの気付かんやった。」と言われました。私には、園長先生が特にうろたえるでもなく平然と言っているように感じられました。

 私が病院に着いたとき、お医者様が冬生の心臓マッサージをしておられました。私はパニックになりお医者様に「冬生を助けてください。」と泣き叫んですがりましたが、冬生が息を吹き返すことはありませんでした。冬生は、いつもの明るい表情とは程遠く、とても苦しく辛(つら)そうな顔をしていました。

 なぜこのようなことになってしまったのか、とても理解が追い付きません。

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