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問う’21夏 コロナと暮らし 脱・格差社会へ急ぐ時だ

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 長引く新型コロナウイルス禍が浮き彫りにしたのは、広がる一方の格差である。日本経済の深刻なゆがみの表れだ。

 弱い立場の人へのしわ寄せが長期化している。もともと給与の低い非正規労働者は、営業制限が続く飲食店などに多い。今年6月時点では、2年前より70万人以上も減っている。コロナ禍で解雇が相次いだためだ。

 一方、自動車など大企業はコロナ下でも利益を大幅に増やしている。景気がいち早く回復した米国や中国での好調な販売が支えだ。

 今週発表された4~6月期の国内総生産(GDP)でも、ゆがみが鮮明になった。輸出は伸びたが、国内消費が低調で、景気全体は依然厳しい状態にある。

 格差の拡大は社会的に孤立する人を増やし、分断を深める。修復に向けた出口も見えない。

「普通の生活をしたい」

 東京都内の日本料理店で調理師として、非正規で働いていた30代の女性は昨年秋に解雇された。10人ほどいた調理師のうち、正社員は残り、女性だけ職を失った。

 1日12時間働いても、年収は200万円台前半だった。男性優位の職場で苦労も重ねた。それでもいずれは独立する夢を抱いて、修業を積んでいたさなかだった。

 その後働いた居酒屋は時短営業の要請に従わなかった。仕事は未明まで続き、コロナの影響で早まった終電に間に合わず、ネットカフェで夜を明かした。とうとう心のバランスを崩し、今春辞めた。

 今はスーパーで調理のアルバイトをしている。年金生活の母とアパートに住み、家賃を折半して何とかやりくりする不安な日々を送る。「普通に働いて普通に暮らせる給与が欲しいだけ」と訴える。

 貧困問題に詳しい阿部彩・東京都立大教授は「職を失った人が新しい仕事に就けたとしても、待遇が劣悪なら、自分の価値が認められず、社会から切り離されたと思ってしまう」と指摘する。

 政府が経済のひずみを是正しない限り、貧困と社会的孤立から抜け出す道筋は見えてこない。

 非正規労働者が働く人の4割近くも占めるようになったのは、効率優先のアベノミクスを進めた安倍晋三前政権下だ。菅義偉首相も目指す社会像にまず「自助」を挙げ、見直しに動こうとはしない。

 首相はワクチン接種を加速させ年内にGDPをコロナ前の水準に回復させると表明している。だが経済を元に戻すだけでは、格差を招いた構造も温存されかねない。

 必要なのは、貧富の差を縮め、中間層を増やすことだ。

 中間層は戦後の経済成長で生み出された。安定した収入を得られたため、消費活動を通じて、経済を更に発展させる役割を担った。

 だが1980年代以降、自助や効率を重視する新自由主義が世界で勢いを増した。大企業や富裕層が減税でますます豊かになった。

 デジタル化の進展も格差を助長した。IT企業は巨額の利益を稼ぐが、製造業や小売業ほど多くの働き手を必要としない。限られた幹部らが手厚い報酬を受け取る。

中間層再生で経済復興

 日本は、低所得者が国民全体に占める割合を示す「相対的貧困率」が80年代から上昇し、コロナ前には先進国の中でも高水準になっていた。中間層の衰退を深刻な形であらわにしたのがコロナ禍だ。

 バイデン米政権は「中間層は国の屋台骨」と位置づけ、トランプ前政権で深まった社会の分断を修復しようとしている。大企業や富裕層への増税を打ち出し、所得再分配で格差を是正する考えだ。欧州でも大企業への課税を強める議論が始まっている。

 米欧は、ポストコロナ社会は従来の延長線上にはないと判断して、中間層から経済を豊かにする政策に切り替え始めている。

 格差の問題を研究してきた駒村康平・慶応大教授は「資本主義のゆがみをただすのは政治の役割。特にデジタル経済の時代は、日本もかなり意図的に所得再分配を強化しないといけない」と語る。

 例えば、脱炭素社会への移行も好機となる。環境関連産業への積極的な投資で大規模に雇用を作り出すと、中間層の再生にもつながる。だが、菅政権には、格差是正に結びつける視点が乏しい。社会の変革をてこに構造転換も図る思い切った対応が必要だ。

 中間層が増え、多くの国民が安心して暮らせる社会になれば、消費の活性化も見込める。日本経済の復興に資するはずだ。

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