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「9.11」後の20年 米同時多発テロ20年

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「誰も取り残さない」 元米軍人、アフガン人協力者の退避を支援

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「アフガン人協力者を見捨てることはできない」と訴える元米軍人のマット・ゼラーさん=米南部バージニア州で2021年7月22日、鈴木一生撮影
「アフガン人協力者を見捨てることはできない」と訴える元米軍人のマット・ゼラーさん=米南部バージニア州で2021年7月22日、鈴木一生撮影

 気がつくとイスラム主義組織タリバンの兵士約50人に包囲されていた。2008年4月28日、アフガニスタン東部ガズニ州。マット・ゼラーさん(39)ら米陸軍部隊15人は、前線を視察中、道に迷っていた。

 迫撃砲の砲弾が降り注ぎ、ゼラーさんの数メートル先に着弾した。溝に吹き飛ばされて意識を失った。すぐに目を覚ましたが死を覚悟した。アフガンの雲一つ無い青い空を目に焼き付けた。「戦って死のう」。そう決意し身を起こすと、間近で自動小銃AK47(カラシニコフ)の独特の銃撃音が耳をつんざいた。「撃たれた」と思った瞬間、目の前に現れたのは米軍のアフガン人通訳のジャニス・シンワリさんだった。

 原則として通訳は武器の携行を許されていないが、シンワリさんは個人所有のAK47を手に応援の部隊と共に駆けつけていた。接近していたタリバン兵2人を撃ち殺し、ゼラーさんの命を助けた。

 翌09年に任務を終えて米国に帰国したゼラーさんは、シンワリさんと連絡を取り続けた。「米兵は約1年で任務を終えるが、通訳は次の部隊で、また任務に就く。友人を戦場に置いてきて心が痛んだ」。シンワリさんには、タリバンから懸賞金もかけられていた。

 「命の恩人を見殺しにできない」。ゼラーさんは、…

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