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パラリンピック、広がる格差 義足・車いす…最新技術使った競争

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ジャパンパラ大会の男子走り幅跳び(切断などT64)で8メートル47の世界新(当時)をマークしたドイツのマルクス・レーム選手=前橋市の正田醬油スタジアム群馬で2018年7月8日、久保玲撮影
ジャパンパラ大会の男子走り幅跳び(切断などT64)で8メートル47の世界新(当時)をマークしたドイツのマルクス・レーム選手=前橋市の正田醬油スタジアム群馬で2018年7月8日、久保玲撮影

 東京パラリンピックが24日、開幕した。「パラリンピック」の名を初めて冠した1964年東京大会以降、障害者スポーツを取り巻く環境は劇的に変化した。リハビリの一環から競技スポーツに姿を変え、各国・地域が強化費をつぎ込んでメダル獲得競争も激しさを増している。

最も長い距離を跳んだアスリート

 東京パラリンピック・陸上男子走り幅跳びの義足クラスに出場するマルクス・レーム選手(ドイツ)は、6月に自身の世界記録を更新する8メートル62を出した。今季、世界で最も長い距離を跳んだアスリートだ。東京オリンピックの陸上男子走り幅跳びで金メダルのミルティアディス・テントグル選手(ギリシャ)が5月に出した今季世界最高は8メートル60。パラリンピックの競技レベルは、その起源からは想像できないほど高い水準に達している。

 原点は、第二次世界大戦下のリハビリだった。ロンドン郊外のストーク・マンデビル病院のルートビヒ・グトマン医師が戦争で脊髄(せきずい)を損傷した兵士の社会復帰に向け、車いすに慣れるためにスポーツを取り入れた。1948年に同病院で行われたアーチェリー競技会は「国際ストーク・マンデビル大会」という名称で徐々に発展。64年の東京大会で愛称として呼ばれた「パラリンピック」は、88年のソウル大会から正式名称となり、五輪と同じ都市で開催する形になった。

 欧米では80年代ごろから、パラリンピック選手のためのナショナルトレーニングセンター設置や五輪選手用施設の利用など環境整備が進んだ。2008年北京大会を開催した中国は「国策」として強化に取り組み、04年アテネから4大会連続で金メダル数は1位。メダル獲得へ向けた強化資金が増えると、義足や車いすなど用具の開発競争も盛んになり、パラリンピックは各国の最新技術を競う「ショーケース」の一面も持つようになった。

 義足は…

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