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問う’21夏 デジタルの未来 目指す社会描くことから

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 デジタル技術の急激な進化が、社会を大きく変えている。その功罪を見極め、暮らしを豊かにする使い方に知恵を絞る時だ。

 3月に行われた将棋の竜王戦ランキング戦で、藤井聡太王位の「神の手」がファンを沸かせた。

 飛車を取れる局面で、持ち駒の銀を使った王手。銀を捨てるだけの無意味な策に見えるが、敵の陣形を変えて終盤の詰めを確実にする絶妙手だった。

 これを予測していたのが、対局中継に使われた人工知能(AI)だ。解説の棋士が「人類には思い浮かばない」と驚くほど難解な手で、性能の高さを見せつけた。

 データの分析で圧倒するAIに対し、ひらめきと創造力を発揮する人間。ゲームの世界ではその競い合いが話題をさらうが、戦争に使われるようになれば話は別だ。

 AIで自動的に敵を選別、攻撃する「自律型致死兵器システム(LAWS)」が昨年、リビア内戦で使われた疑いが出ている。

「神の手」とAI兵器

 戦闘をAI兵器に肩代わりさせれば、戦争のハードルが下がったり、戦局の予期せぬ拡大を招いたりする恐れがある。国連では規制の必要性が議論されるが、軍事利用が先行している。

 敵対国のインフラを狙ったサイバー攻撃も後を絶たず、紛争に発展するリスクが高まっている。

 身近なインターネットやネット交流サービス(SNS)も、時には社会の脅威になる。

 GAFAに代表される巨大IT企業を巡っては、個人情報流出や偽情報の拡散が問題となった。米国では、暴力をあおるようなトランプ前大統領のツイートが、支援者による議事堂襲撃を招いた。

 利用者を囲い込む戦略を徹底した結果、寡占や富の偏在が進み、社会の分断も深まった。

 主要国・地域は規制強化に乗り出した。米国は独占禁止政策でGAFAの市場支配力を弱めようとしている。欧州連合(EU)は、AIによる監視や差別的な利用を法律で制限する方針だ。

 ただ、規制で縛るだけでは十分とはいえない。開発や利用のあり方を含め、デジタル時代に即した社会を考えなければならない。

 例えばAIは、膨大なデータから一定のパターンや法則を見つけ、判別や予測の精度を高める。偏見や固定観念が強い社会では、AIの判断にも偏りが生じる。

 多様性を認め、意見の違いに折り合いをつけながら、より良い社会を模索する。そうした当たり前の努力が不可欠だが、現実にはデジタル化の副作用が目立つ。

 慶応大の栗原聡教授は「多様性や社会性が失われつつある」と現状に懸念を示したうえで、「人間が本来持つ共感力や寛容さを生かして議論を深め、解を導くようにしなければならない。そうしてこそ、AIは期待された役割を果たす」と指摘する。

国民を守る視点が必要

 政府は9月にデジタル庁を発足させ、行政手続きの効率化や、データを活用した政策の立案を進める。背景にあるのは、新型コロナウイルス禍が浮き彫りにした「デジタル敗戦」である。

 医療情報はファクスでやりとりされ、状況の把握が遅れた。収入を失った人や事業者を支援するシステムも不十分で、マイナンバーは使い物にならなかった。

 こうした政策課題の解決を目指すのがデジタル庁だ。平井卓也担当相は「明治以来の行政システムのあり方が変わる」と強調する。

 行政のデジタル化は20年来の課題だった。巨額の国費を投じながら成果を出せなかった責任は重い。まずは過去の反省を踏まえ、直面する課題を明確にすべきだ。

 新たな技術を活用するには、透明性の確保が前提となる。データの偏りを修正したり、AIの判断のプロセスを明示したりする技術革新が必要だ。

 デジタル弱者への配慮も欠かせない。高齢者向けのわかりやすいソフトや機器の開発を後押しし、IT環境の違いで教育格差が生じないような政策が求められる。

 デジタル技術は、生活を守る手段として使われるべきだ。政府にそうした視点が欠け、国民の信頼を得られなかったことが、マイナンバーカードの普及遅れにも表れているのではないか。

 AIや個人情報の活用には人々の不安がつきまとう。政府は、デジタル社会が目指す理念を示し、国民の共感を得ることから始めなければならない。

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