「運ぶ-埼玉古墳群とモノの動き-」 行田で企画展 水上交通の要所 農業進歩で発展 /埼玉

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小敷田遺跡から出土した古墳時代後期の準構造船の部材=埼玉県立さきたま史跡の博物館で2021年7月18日、中山信撮影
小敷田遺跡から出土した古墳時代後期の準構造船の部材=埼玉県立さきたま史跡の博物館で2021年7月18日、中山信撮影

 5世紀後半~7世紀中ごろの150年以上にわたり大型古墳が連続して造営された埼玉(さきたま)古墳群(行田市)にある県立さきたま史跡の博物館で、企画展「運ぶ―埼玉古墳群とモノの動き―」が開かれている。【中山信】

 現在は平らな地形の埼玉古墳群周辺は、古墳造営当時は、河川によって形成された複雑な地形だったと考えられている。西側を当時の利根川が流れるなど、北関東西部地域から流れ出る河川が集まり、ここを通過しないと南関東や東京湾に出られない水上交通の要地でもあった。発掘された出土品の調査により、埼玉古墳群には遠方から河川を通じてさまざまな品物が運び込まれ、埼玉県内で作られた物も遠方まで運ばれていたことが明らかになってきた。

 企画展では、小敷田(こしきだ)遺跡(行田市)から出土した、古墳時代後期の木造船「準構造船」の船首部分と考えられる部材などが展示されている。準構造船は、丸太をくりぬいた船底に側板を取り付け、強度や容量を増した船。1本の木から造られ、水面から舟べりまでが短いため波が入って転覆しやすかった縄文時代からの刳(くり)船(丸木舟)に代わり、弥生時代から中世まで使われた。船首と左右の舷に板を継ぐことで、より多…

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