「残存、奇跡なのに」…映像ソフトレンタル会社に売られた海軍基地跡

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第二次世界大戦末期に建設された大社基地の滑走路跡=島根県出雲市斐川町出西で2021年6月8日、松原隼斗撮影
第二次世界大戦末期に建設された大社基地の滑走路跡=島根県出雲市斐川町出西で2021年6月8日、松原隼斗撮影

 全国でもわずかしか現存しない日本海軍の飛行場跡が消滅の危機にある。国が、DVDレンタル店などを経営する企業に跡地を売却したためだ。市民グループが史跡に指定するよう自治体に要望したが、拒まれているという。飛行場は第二次世界大戦末期に急造され、追い詰められた「大日本帝国」の末路を象徴する存在意義もある。なぜ、文化的遺産と認められないのだろうか。

敗戦間際に急ごしらえ

 出雲大社で知られる島根県出雲市。ここに海軍の飛行場「大社(たいしゃ)基地」(同市斐川(ひかわ)町)の跡地がある。建設されたのは1945年3~6月。硫黄島や沖縄が相次いで陥落し、本土の都市部が激しい空襲にさらされていた時期だ。本土決戦に備え、地元の子どもらも動員して急きょ造られた。主滑走路は20万4000平方メートル(全長1700メートル、全幅120メートル)で、うち9万平方メートル(長さ1500メートル、幅60メートル)は当時としては珍しいコンクリート舗装だった。最新鋭の爆撃機「銀河」を約40機配備し、7~8月に計22機が出撃したとの記録がある。特攻兵器「桜花(おうか)」50機分の主翼や胴体、エンジンなども組み立て前の状態であったといい、敗戦時点では西日本最大の航空拠点だったとされる。

 戦後、大社基地を管理していた国は徐々に土地を売却し、…

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