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アフガン政権崩壊

イスラム主義組織タリバンが2021年8月15日、首都カブールを制圧し、勝利宣言。ガニ政権が崩壊しました。

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アフガン退避、明暗分けた「1日の差」 自衛隊移送は遅かったのか

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パキスタンのイスラマバード国際空港に到着した航空自衛隊のC130輸送機から降りる自衛隊員ら=8月25日、共同
パキスタンのイスラマバード国際空港に到着した航空自衛隊のC130輸送機から降りる自衛隊員ら=8月25日、共同

 「責任を持てるのは今日までだ。ただちに大使館から退避せよ」。アフガニスタンの首都カブールが陥落した8月15日、現地の日本大使館に警備を担う駐留米軍から連絡が入った。

 日本政府は当時、米側の情報も踏まえ、首都陥落は31日までに完了する米軍の撤収後とみて、大使館の現地スタッフらを民間チャーター機で18日に退避させる計画の準備を進めていた。ところが想定より半月早い陥落で計画は頓挫した。

 当時、現地の日本人職員は12人。岡田隆・駐アフガン大使は欧米各国との調整のため、トルコ・イスタンブールに滞在中だった。職員らはただちに数人の在留邦人にそれぞれ意向を確認。退避を希望した報道関係者1人を最終の民間機で出国させた。

 12人は15日夕、大使館を閉鎖。契約しているカブール市内の警備会社の事務所に退避した。ところが周辺の治安が急激に悪化し、事務所から米軍機での退避を目指して空港を目指したが、向かう先で銃撃戦が発生し、事務所に再び戻った。夜更けに抜け出し、ようやく空港に到着したが、米軍機の出発地点までたどり着けなかった。

 空港は出国を目指すアフガン人らが殺到し、進める状態ではなかった。待機中、離陸する米軍機から振り落とされるアフガン人らの姿も目に飛び込んできたという。「12人は生死のふちを歩いていた」。政府関係者は振り返る。

 救ったのは、近くに拠点を構えていた英軍だった。12人は17日、アラブ首長国連邦(UAE)に英軍機で運ばれた。だが、アフガンには、大使館や国際協力機構(JICA)の外国人スタッフらが取り残された。「想定外の危機が迫る中、日本人の退避を最優先にせざるを得なかった」。外務省幹部は振り返る。

防衛…

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【アフガン政権崩壊】

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