イチローに憧れた少年時代 西武・栗山巧、今の子供たちに思い重ね

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サインはめったに断らない西武・栗山(中央)。キャンプ中に「子供限定」のサイン会を企画し、筆を走らせた=宮崎県の南郷スタジアムで2020年2月9日午後3時41分、生野貴紀撮影
サインはめったに断らない西武・栗山(中央)。キャンプ中に「子供限定」のサイン会を企画し、筆を走らせた=宮崎県の南郷スタジアムで2020年2月9日午後3時41分、生野貴紀撮影

 背番号「51」に夢中になった少年が球史に残る大打者となった。西武の生え抜きとして初めて2000安打を達成した栗山巧外野手(38)。長年、主力選手として活躍する一方、力を注いできたのが地元・兵庫県での野球振興活動だ。背景には、オリックス・ブルーウェーブ(当時)のファンとして、イチローさん(47)らを応援した幼い頃の思い出がある。

 神戸市のグリーンスタジアム神戸(現ほっともっとフィールド神戸)。オリックスのかつての本拠地の近くに栗山は生まれた。ファンクラブに入り、試合を見に行き、友達と選手にサインをせがんだ。その中で1人の若手選手に目が留まった。当時売り出し中のイチローさんだった。

 「外国人以外でカタカナの登録なんて衝撃で、新鮮で。すごく引き付けられて。『イチローブーム』になって、友達とみんなで盛り上がっていた」と栗山。イチローさんは1994年にプロ野球史上初のシーズン200安打を達成。阪神大震災が起きた95年には、オリックスが「がんばろうKOBE」のスローガンのもとでリーグ優勝したこともあり、社会現象となった。

 そんな憧れを抱きつつ、栗山は小学1年から地元の小寺少年団で野球を始めた。当時部長だった恩師の牧野栄一さん(79)は…

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