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76年前の惨劇 沖縄・久米島

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 一般住民約9万4000人を含め日米合わせて約20万人が犠牲になった沖縄戦。日本軍第32軍の牛島満司令官の自決により組織的戦闘は1945年6月に終結したが、その後も一部の部隊の抵抗は続いた。沖縄本島から約100キロ西に離れた久米島では、日本兵たちが終戦の8月15日を過ぎた後も、9月7日に米軍に投降するまで「スパイ」として島民を次々と殺害したという。惨劇を証言する島の人々を訪ねた。

 「スパイでもないのに、すぐスパイと言って殺される。怖かったよ」。当時高校生だった内間好子さん(91)が振り返る。久米島町は今春、沖縄戦の記録をまとめた町史を刊行。山中に潜伏した日本兵三十数人が子どもを含む島民20人を殺害したと記す。当時を知る人々の生々しい証言が盛り込まれ、内間さんもその一人だ。

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