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「9.11」後の20年 米同時多発テロ20年

米同時多発テロから20年。特集記事や写真・動画で振り返ります。

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「9・11後の20年」 あの日から

崩落現場で息子を捜し続けた父 テロの歴史を風化させない誓い

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米同時多発テロで亡くなった消防士、ジョナサン・イエルピさんの写真と、名前などが刻印されたブレスレット=米南部フロリダ州オスプレイで2021年8月6日、福永方人撮影
米同時多発テロで亡くなった消防士、ジョナサン・イエルピさんの写真と、名前などが刻印されたブレスレット=米南部フロリダ州オスプレイで2021年8月6日、福永方人撮影

 テロリストに乗っ取られた旅客機が米国の中枢部に次々と突入し、2977人が犠牲になった米同時多発テロから20年を迎えた。テロやその後の対テロ戦争を体験した人たちは「あの日」から何を思い生きてきたのか。

命落とした消防士の長男思い出し

 米南部フロリダ州に住むリー・イエルピさん(77)の一日は、長男の名前が刻まれたブレスレットを右手首に着けることから始まる。ニューヨーク市消防局の消防士だった長男のジョナサンさんは、同時多発テロ(9・11)で旅客機2機が激突した世界貿易センター(WTC)に救助活動のため出動し、命を落とした。「毎朝、彼のことを思い出します」。文字の塗料がはげたブレスレットをなでながら、イエルピさんは言った。

 イエルピさんも同消防局の元消防士で、テロ当時はニューヨーク在住だった。すでに退職していたが、使命感からWTCでの救助活動に加わった。テロ直後から毎日、息子の遺体が見つかった後も現場に通い、その期間は9カ月に及んだ。

 「あの日も、今日のような美しい天気でした」。8月上旬に自宅でインタビューに応じたイエルピさんは、窓からのぞく青空を見上げながら、20年前の記憶を手繰り寄せた。「そして、濃い霧に包まれたように一変しました」

 テロの発生を知ったのは2001年9月11日朝、WTC北棟に最初の旅客機が突入した直後のことだ。ジョナサンさんから電話があり、テレビをつけるように言われた。「あの映像」を信じられない思いで見ながら、「(WTCに)行くのか?」と聞いた。「電話したよ」。ジョナサンさんは答えた。消防士用語で、通信指令係に現場への出動希望を伝えたという意味だ。「オーケー、気をつけて」。「オーケー」。それがジョナサンさんとの最後の会話になった。

 間もなく、イエルピさんもWTCに向かった。「息子を心配したからではなく、街が大変な時に力になりたいと思ったのです。引退しても心は消防士のままでしたから」。だが、市消防局の許可を得て入った現場の状況は想像を絶した。南棟、北棟のツインタワーの崩落に伴うがれきが約10メートルの高さにまで積み上がっていた。「煙や粉じんで雲の中にいるかのように視界が悪く、何とも言えない嫌な臭いが充満していました」。ジョナサンさんの安否も分からなかった。

多くの変わり果てた遺体

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