過熱したイスラム恐怖症 消えた「グラウンド・ゼロ・モスク」構想
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テロリストに乗っ取られた旅客機が米国の中枢部に次々と突入し、2977人が犠牲になった米同時多発テロから20年を迎えた。テロやその後の対テロ戦争を体験した人たちは「あの日」から何を思い生きてきたのか。
◇
「グラウンド・ゼロ近くのイスラムの祈りと、その再生」。米紙ニューヨーク・タイムズの1面にそんな見出しの記事が載ったのは2009年12月9日のことだ。その8年前の米同時多発テロで崩落した世界貿易センター(WTC)ビル跡地の近くに、イスラム教のコミュニティーセンターの建設構想が浮かんでいることを伝える記事だった。
「その頃は誰も問題にしなかった。だが翌年の夏、秋の中間選挙が近づくと反対の声が膨らんでいった。まるで雪だるまのように」。米東部ニュージャージー州の自宅で8月上旬、ニューヨークのイスラム教団体「コルドバ・ハウス」の創設者で、この構想を当時発案したイスラム教指導者(イマーム)のフェイサル・アブドゥル・ラウフ師(72)はそう振り返った。
候補地となったのは、マンハッタンのパーク・プレース通り。グラウンド・ゼロから2ブロック北で、約150メートルと目と鼻の先だった。礼拝スペースやプール、レストランなどが入る13階建てビルを建設。「コルドバ・ハウス」と名付ける予定だったビルは、イスラム教徒だけでなく宗教を超えて誰にでも開放することで、地域の人々が交流する場になる。ラウフ師はこう考えていた。
無知が疑念を、憎しみを生んだ
「キリスト教の宗派を超えて人々が集まるYMCAのイスラム版。社会の緊張を和らげ、異なる宗教の人々の友情を育む接着剤のような役割を目指した」
同時多発テロの後、米国では「イスラム恐怖症」が広まった。米連邦捜査局(FBI)によると、01年のイスラム教徒へのヘイトクライム(憎悪犯罪)は前年の28件から481件に急増。一般のイスラム教徒をテロリストと結びつける言動やモスク(礼拝所)への放火などが相次ぎ、イスラム教徒は不信の目にさらされた。
ラウフ師には大学や教会などから講演の依頼が殺到したという。聞かれる質問はほぼ同じ。「イスラムについて知りたい」だった。過激派のイメージは広がる一方で、一般的なイスラム教徒はどんな生活をしているのかもほとんど知られていなかった。無知が疑念を、疑念は憎しみを生んでいた。
「穏健なイスラム教徒と過激派は違う」。相互理解の必要性を痛感し、構想を実現させる場所を探していたラウフ師は09年7月、売りに出されていた予定地を購入し、計画を進めようとした。同時多発テロでテロリストが送ったのとは逆のメッセージを発信しなければと思った。
「米国はすべての人は平等だという考えの下で始まった。だが、そこに暮らすイスラム・コミュニティーは十分に溶け込めていない。どうすれば解決できるのかを考えていた。簡単なことではないが、挑戦すべきことだった」
「オバマたたき」に便乗されて
構想は同時多発テロの遺族らから反発を招いた。「グラウンド・ゼロの間近にモスクを建てることを許可するなんて残酷だ」。10年5月上旬に開かれた地元の公聴会は紛糾した。当時のブルームバーグ市長は「信教の自由」を尊重すべきだと支持する立場を示したが、ニューヨーク市民を対象にした世論調査では52%が建設に反対し、賛成(31%)を上回った。
ただ、それは…
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