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志賀高原発展 影の功労者 転機に関与 大倉喜七郎氏

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志賀高原の高天ケ原地区。左は西館山で、今の「大倉新道」は背面から右側の裾野を通る。以前は山の左奥から手前に出た=2021年7月26日、去石信一撮影
志賀高原の高天ケ原地区。左は西館山で、今の「大倉新道」は背面から右側の裾野を通る。以前は山の左奥から手前に出た=2021年7月26日、去石信一撮影

 スキーリゾートとして発展した志賀高原(山ノ内町)の転機に深く関わりながら、歴史の表面にほとんど登場しない人がいる。大倉財閥を一代で築いた喜八郎氏の長男、喜七郎氏(1882~1963年)だ。豊富な資金と人脈で協力しながら権威を誇示しなかった。

 大倉氏について、志賀高原の土地を所有する一般財団法人「和合会」の児玉市郎次理事長(68)は「発展のきっかけを作った重要人物なのに『和合会の歴史』など本には詳しく書かれていない。影の功労者だ」と指摘する。

 志賀高原旅館組合長などを務めた関金三郎氏も、大倉氏を取り上げた随想「志賀高原の大切な歴史で忘れられているもの」で、「記録されず語り継がれることもないのはどうしたことでしょう。功績と名誉は他人に譲り、陰の人で甘んずる哲人だったからでしょう」と書いている。

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