「自分を捨てた」実母との再会 77歳の歌手は歌う「人生は美しい」

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店を訪ねた記者を前にシャンソンの名曲を歌い上げる秋田漣さん=青森県弘前市のシャンソンバー「漣」で2021年8月27日午後9時17分、山衛守剛撮影
店を訪ねた記者を前にシャンソンの名曲を歌い上げる秋田漣さん=青森県弘前市のシャンソンバー「漣」で2021年8月27日午後9時17分、山衛守剛撮影

 青森県弘前市の繁華街の一角にある老舗シャンソンバー「漣(れん)」。かつて名だたる作家が訪れたこの店で、オーナーの秋田漣さん(77)は半世紀余、シャンソンを歌い続けてきた。新型コロナウイルス禍ですっかり客足が遠のいてしまったが、それでも店を開け、どんなに客が少なくてもステージに立つ。なぜ歌い続けるのか、その人生をたどった。

 8月下旬、店を訪ねると、黒い衣装に身を包んだ秋田さんが迎えてくれた。この日の客は記者1人。それでもマイクを握り、ダミアや淡谷のり子の歌で大ヒットした名曲「人の気も知らないで」を憂いのある低い声で歌い上げた。

 感染が広がって通りから人が消え、最近では店を開けることさえはばかられるようになってしまったという。「苦労してここまでやってきたのに、コロナで客が来ない。悔しいよね。やっぱり聴いてくれる人がいないと歌えませんよ」

 秋田さんが1968年に開いたこの店には、同市出身の直木賞作家、長部日出雄さん(2018年に84歳で死去)が足しげく通った。長部さんは70年、津軽を舞台にした小説を書くために東京での仕事を全て辞め、古里に戻った。「当時はなかなかいい仕事ができなくて、よく『弘前で屋台ラーメンでもやろうかなあ』なんて言って落ち込んでいましたね」

 その3年後、長部さんは「津軽世去れ節」「津軽じょんから節」の2編で直木賞を受賞。脚光を浴び、東京に拠点を戻したが、この店には晩年まで通い、作家仲間にも紹介した。色川武大、水上勉、野坂昭如、安岡章太郎……。店の壁一面に訪れた文士たちのサインが飾られている。

 音楽の専門教育を受けたことはない。楽譜は読めない。フランス語も分からない。耳で覚えた曲をただ感性に従い、時には歌詞に津軽弁を乗せて歌う。長部さんは、秋田さんのコンサートのパンフレットにこんな言葉を寄せた。「独自のスタイルを持ち前のじょっぱり精神と美声で貫き通しているまことに貴重な存在」

 歌うつもりで店を始めたわけではなかったが、「洋画の音楽をかけて一緒に口ずさんでいると、お客さんが『いい声だじゃな』って。豚もおだてりゃじゃないけれどさ」。人前で歌うようになったのはそんなささいなきっかけだった。

 秋田さんは言う。「シャンソンは人生の光も影も歌う。ただ華やかに歌っているだけのものは、私からすれば違う。ダミアもグレコも、いろんな悩みや葛藤を抱えてそれを歌に込めた。私もそういうものにひかれるんです」

 秋…

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