市川「下総国分尼寺跡」南側 四面庇の柱穴跡発見 格の高い建物か /千葉

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下総国分尼寺の伽藍地跡から南に約70メートルの位置で見つかった建物跡=千葉県市川市教委提供
下総国分尼寺の伽藍地跡から南に約70メートルの位置で見つかった建物跡=千葉県市川市教委提供

 市川市国分の国指定史跡「下総国分尼寺(にじ)跡」から南に約70メートルの位置に、奈良・平安時代のものと見られる建物跡が見つかった。中心の部屋「身舎(もや)」の周囲にも部屋がある「四面庇(ひさし)建物」の形式で、格の高い建物の可能性があるという。国分尼寺に付随する建物とみられ、発掘調査をした同市教委はどのような性格の建物かなど調査を進める。【小林多美子】

 国分尼寺は奈良時代の741年に聖武天皇が国家鎮護のため、国分寺とともに諸国に建立を命じた。県北部を中心に茨城県などの一部も治めた「下総国」の国府は現在の同市国府台に置かれ、両寺はその近くに建立された。

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